人間のスポーツ

 審判、特に主審ほど割に合わない商売はない。炎天下時には2,3kgも体重が減る重労働なのに、判定にクレームがつかない試合は稀だ。
 一方、メジャーの審判は、試合を作っているのは選手よりも審判だ、という位の誇りを持って日々研鑽しているそうだ。確かに経験の豊富な審判だと試合がスムーズに運ぶし、主審のドラマチックなジェスチャーが士気を高めてくれる場合もある。いい試合は、選手審判の間に尊敬と信頼関係が感じられるものだ。
 ところが、ビデオ判定を積極的に導入してきたメジャーリーグが、今度は、主審のロボット化を検討していると聞き、不安になった。正確さは、審判に求められる要件のひとつでしかない。
 個人競技であれ、団体競技であれ、対戦相手や審判に対する尊敬と信頼はとても重要なものだと思う。ロボットの審判を誰が尊敬するだろうか。センサーによる客観的な評価だから異議が出ないとは限らない。微妙な判定では機械の信頼性を疑われる場合もあるだろう。
 野球は、ボールをゴールに入れるのではなく、生身の人間がダイアモンドを一周し、ホームに帰ってくることで得点する変わったスポーツだ。主役は白球ではなく、常に人間なのだ。だから、次の打者を信頼して「犠牲」になることもできる。この原則を崩してほしくない。
 時短のために、敬遠のルールを変えたり、プレー間の礼を省略したりするのも、矛盾が多い。ホームランでベースを一周するのを省略する提案もあった。そんなことをしても、10分も試合時間は短くならないだろう。試合が長引くのは、たいていどちらか、あるいは両方のチームの実力不足でアウトが取れないせいではないのか。
 人間を信頼し、それに従う。表面的な正確性よりも、もっと大事なことがあると思う。

負けて終わる

福井嶺北シニアの石丸です。
シニアの大会前に縁起でもないと言われそうだが、どんな大会でも、1チーム以外は負けて大会を終わる。
野村克也さんが、松浦静山の剣術書「剣談」から引用して、「負けに不思議の負けなし」と説かれるように、負けには必ず理由がある。自分たちの未熟さを素直に直視しないと、次の成長が無いだけでなく、相手に失礼だ。試合当日の勢いだけで形勢が逆転するほど、野球は甘くない。たいていの場合は、やはり勝つべきチームが勝ち、負けるべきチームが負ける。番狂わせは、現場を知らないヤジ馬の頭の中だけにしかない。
一方、1チーム以外は負けて終わるのも、否定できない事実だ。最後の結果だけにとらわれていると、大事なものを見失うおそれがある。2試合、3試合と勝ち上がって、その次に負けたのなら、勝ち上がった理由も、指導者はちゃんと見てあげる必要がある。
ところが、最後の試合の悔しさばかり印象に残って、「負けて終わる」ことがある意味当り前であるのを忘れている指導者はいないだろうか。監督として成果を残すことが、選手の成長を喜ぶことに優先してはいけない。なぜ負けたかを考えるのと同じくらい、なぜその前までは勝ったのかを考えるのは大切なはずだ。
ささやかではあるが、嶺北も公式戦2大会続けて16強まで勝ち上がることができるようになった。春はもちろんその上を目指すが、この5年間、「負けて終わ」り続けた蓄積が今の選手たちに繋がっていると信じたい。

沢村栄治と「今しかできないこと」

福井嶺北シニア事務局の石丸です。
NHK「知恵の泉」で沢村栄治を取り上げていた。
沢村の偉大さは今更説明するまでもないが、ワンバウンドするかと思われた球が打者の近くですっと伸びてストライクになる、ときくと、鳥肌がたつ。スピードガンのなかった当時の球速について、いろんな分析があるが、メジャーリーガーから9三振を奪ったことを考えれば、159キロのストレートというのは決してひいき目の数字ではないと思う。しかも、残された写真では大きく見えるが、沢村は、174cm、71kg、と今では小柄に属する体格でこのスピードを出しているのだ。
いろんなトレーニング情報や道具が容易に手に入る今と違い、どうやったら強くなるかは試行錯誤の連続だった。その中で、常に「今しかできないこと」を勇気をもって選択することで、彼自身だけでなく、その後90年近く日本の野球人を引っ張り続けてきた。私たちのチームのスローガン「今やらなければならないことを全力で」というのも、その長い道のりの延長にある、と思った。
野球の素晴らしいのは、100年以上、基本的なルールと習慣が変わっていないことだ。こんなスポーツはそう多く無い。だから、私たちは沢村や、ベーブ・ルースの凄さを、同じ土俵でリアルに感じることができる。あの選手たちと同じ夢や悩みをもってたたかっていると感じることができる。
同時に、この才能を手榴弾投擲の為に消耗させ、27歳の若さで戦死した無念を、私たちは決して忘れるべきではない。毎年夏の甲子園で黙祷を捧げるのが、形式的な儀式であってはならない。

がむしゃら

福井嶺北シニア事務局の石丸です。
練習は必死に。試合は楽しんで。
そうだな、と思う。でもなかなかそれができない。
冬場にあれだけ追い込んできたんだもの。堂々と打席に立てばいいのに。何故か落ち着かない。打てなかったらどうしよう、と思ってしまう。甘い球でもバットが出ない。立ち合いで相手に負けている。
守備でも、球への執着の前に、足が一歩遅れる。ノーバン捕球に行って取れなかったらかっこ悪い、なんてどうでもいいことが気になる。俺に任せろ。いいところ見せてやる、って覚悟を決めないから、エラーしても大きな声で「ゴメン」が出ない。
がむしゃらにやらなければ、壁は越えられない。結果を先に心配するのは、逃げ道を用意するのと同じだ。積極的な失敗を叱る指導者は、この嶺北にはいない。
試合中は、すべてを捨てて勝利にどん欲になろう。周囲にどう見えるかではなく。勝利は誰も用意してくれない。勝利は君自身しか手繰り寄せられない。
一生のうちのたった数秒が、そのあとの君を支えてくれるときがある。そんな一瞬をつかみ取ろうじゃないか。

球春まぢか

 福井嶺北シニア事務局の石丸です。
 野球にかかわっている者としては、センバツの出場校が発表されると、春が近づいた気がする。
 新聞の地方欄やスポーツ欄では、毎日出場チームや選手の紹介がされている。それ自体はわくわくもするのだけれど、エンターティメント的な過剰な表現には違和感を感じる。高校球児は商品ではないし、謙虚さを欠いたアスリートになってほしくない。
 さだまさしの「甲子園」という佳曲に、印象的な歌詞がある。「3000幾つの参加チームの中で/たったの一度も負けないチームはひとつだけ/でもたぶん君は知ってる敗れて消えたチームも/負けた回数はたったの一度だけだって事をね」
 地方大会の1回戦で散ったチームと甲子園で優勝するチームとの間には、天と地ほどの違いがあるように見える。でも、青春を野球に賭けてきたことに、どれほど本質的な差があるだろう。予め感動的な結末が用意されたドラマのような予定調和は、現実にはほとんどない。悔しいこと、納得いかないことに押しつぶされそうになりながら、一筋の光を信じて続けてきた、そんな球児が多いのではないか。
 練習は噓をつかない。それは本当だ。嶺北でもその心構えは変わらない。しかし、努力の結果が人生のどこで花咲くかは分からない。野球に取り組む者にとって甲子園は共通の目標であり、夢であり、憧れだ。それでも、それがすべてではない。
 私は、自分の息子に60歳まで野球にかかわり続けてほしいと思う。もちろんその頃私はこの世にいないだろうが、それができれば、息子は人生の勝者といえるのだろう、という確信がある。
 4月には、シニアの春季大会が始まる。

入団説明会を終えて

 嶺北シニア事務局の石丸です。
 センター試験というと、何故か雪が降る。共通一次2年目だった自分のときも大雪だったし、長女の受験もそうだった。北陸や東北では家じゅうで雪を心配しなければならない時期に子どもの将来を決める試験を行う制度は、何とかならないものか。
 今年も、この土日、福井市内でも日中の体感気温はおそらくマイナス3度を下回っていたのではないか。受験生は本当にご苦労さんだし、そんな日に入団説明会を開いたのも申し訳ない。
 それでも、ありがたいことに、大勢の方が参加して下さった。入団を希望されているが参加できなかった方もいるため、今日で、今年も1年生の大会に参加する目途はたったと思う。
 ブルペンでのバッテリー組の練習にも熱が入ってきた。見学された方は、子ども達の気合を受けとめていただけたと思う。ただし、今年の目標は、この程度ではない。今週から週末は練習会場を3会場に分け、選手の役割や現段階での到達レベルに合わせて、更に徹底的なトレーニングを行う。、
 チームワークは、単なる仲良しとは違う。勝つためにひとりひとりが努力する中でぶつかる壁を、尻を叩きあって乗り越えるとき、本物のチームワークが生まれる。嶺北球児たち、仲良しを超えて行け!

正月の青空

 嶺北シニア事務局の石丸です。
 今週中旬からとうとう雪マークがついてしまったが、昔に比べて暖冬気味と言われる最近でも、今年は特に雪のない暮れ正月だった。
 必勝祈願の日の青空を見ていると、吉兆に違いない、とこれからの1年に期待を抱いてしまう。
 今年、東海連盟主催で行われる公式戦は、例年の4大会に7月の記念大会が加わり5大会になった。招待していただける地方大会も、毎年増えて有り難いことだと思う。
 野球をやっている以上、多くの大会に出て、戦績を上げ、チームメートと1試合でも多く試合をしたい、と思うのは当然なことだ。
 その中で、大会に参加できる、試合に参加できる、ということの幸せを忘れないでいたいし、選手にも忘れないでいてほしい。
 5年前、チームを結成したばかりの時期は、人数も少なく、リーグに加盟する実績もなかったため、出場できる大会や試合はずっと少なかった。それでも、私たちは、中学生が思いっきり野球に打ち込める場を作りたい、という一心で新しいチームを立ち上げた。1試合1試合に泣き笑いしていた。ただただ正直に野球に取り組んできた。
 目指す目標にはまだ遠いが、ここまでやって来られたのは、嶺北の選手や保護者はもちろん、私たちの活動を後押しして下さった多くのチームの皆さん、関係者の皆さんのおかげだ。そういう繋がりがあって初めて、このチームを作って良かったと思えるのだ。
 新しい仲間を迎える春、私は何度でもチームを立ち上げた日の胸を刺すような決意を思い出して、6年生を歓迎したいと思う。彼らが、硬式野球人生を、今年の必勝祈願の日の青空のように、気持ちよくスタートできるように。

誰からも応援したくなる選手に

 嶺北シニア事務局の石丸です。
 あけましておめでとうございます。
 大晦日、BS-TBSで「松井秀喜、未来へ~世界完全密着300日!」の再放送があった。松井の大ファンである私は掃除をしながら観ていた。
 松井がニューヨークで本当に愛され続けていることが改めて分かって、元気が出た。プレーでの実績はもちろんだが、プロスポーツ選手として、ファンに愛されることほど偉大なことはないだろう。
 手厳しいといわれるニューヨークのファンから、松井は何度もスタンディングオベーションを浴びた。その中でも私が忘れられないのは、エンゼルスに移籍した後のヤンキース戦で初めてホームランを打った時、もう敵チームであるヤンキースのファンから拍手が起こったことだ。
 私は、一度だけ、メジャーでプレーする松井の姿を見る機会があった。残念ながらヤンキース時代ではなく、アスレチックス時代だった。メジャーで当時最もオンボロの球場だったアスレチックスタジアムだったが、ファンの熱気、メジャーのプレーを見る楽しさを十分味わうことができた。その頃、松井は決して好調ではなかったが、バッターボックスに立つ姿はとても大きく見えた。単打だけどヒットも見られた。外野席ではマツイ・ランドの看板が揺れていた。そして、鳴り物の応援にばかり熱中するのではなく、いいプレーには、敵味方なく拍手を送るアメリカの野球文化に感動した。
 松井と比較するなど恥ずかしいが、嶺北の選手も、技術や勝敗の前に、誰からも応援したくなるような選手になってほしい。惜敗した3年前の西日本大会1回戦では、おそらく嶺北という名前も初めて聞いたと思われる一般観衆から、拍手や励ましの声をもらった。野球は真剣に純粋に取り組めば、敵味方なく感動を与えることができるスポーツだ。
 そんな思いで新年を迎えている。

嶺北ブログ はじめのことば

 嶺北シニア事務局の石丸です。
 福井県は、人口の割に中学生のクラブチームの数がとても多い。それが、県内高校野球のレベルの高さにもきっと繋がっていると思うのだが、小学生で硬式をやる機会があまりないため、どのチームに入るか迷うのもいたしかたないところだ。
 どのチームに入っても、指導者任せでレベルアップする訳ではない。マウンドに立つときも、打席に入るときも、誰も助けることはできないので、どんなチームに入っても、結局は本人の努力次第であることに変わりはない。
 嶺北シニアを、何もないところから私たちがたちあげたとき、何より大切にしたのは、中学生の野球が好きな子どもが思いっきり野球をやれる環境を作ってあげたい、という、シンプルなことだった。最後は本人の努力に帰結するなら、一人一人が精いっぱい頑張れるように、その障害をできるだけ軽減したい。
 それは、経済的なことかもしれないし、地域的なことや、経験や体力に不安があるのかもしれない、あるいは、もっと言葉で言いにくいことがあったりするものだ。いちばんわかりやすく、かつ難しい課題に嶺北はずっと取り組んできた。
 創立して4年余、実績は、まだ心もとないといわざるを得ない。でも、そうやって、ただ野球にまっすぐに取り組んできたことが、最近、形になりつつあるのを感じるのだ。
 2017年、シニア東海連盟では歴史的な記念大会も開かれる。ぜひ、私たちと一緒に将来の甲子園を目指して野球に取り組んでほしい。私たちは、新しい仲間を心から歓迎します。
 「野球に真剣に取り組まなければ得られない感動がある」