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2006年5月19日 (金)

エイドラ・クナイェロス,かつてのティンパニー奏者

Knauhros

 クレーは亡くなる半年前、「エイドラ」という標題で、彼が愛して止まぬ故人たちを素描画として連作した。主に音楽家が多い。この作品もそのひとつで、ドレスデン交響楽団の鼓手が描かれているという。死をすでに受け入れたクレーが、彼岸に住む懐かしい人々を改めて思い起こしていたことが胸を打つ。この時期の簡潔な表現は、クレーが線描の自立性と力について語った「創造上の信条告白(1920)」の言葉を思い起こさせる。

「さあ、人間よ!一度空気を換えるように視点を換え、灰色の現実の日々へとやむを得ず帰っていくために切り替えの力となるような世界の中に身を置いてみる、このような芸術という保養地の真価を認めようではないか。
 …………(中略)
 簡潔でしかも多様多岐な線描芸術のように、広い大河を渡り、また魅力的な小川を通って、この励ましの大洋へとわが身を運んでいくのだ。」

 だが、この絵の魅力は技量の成熟や回顧主義にとどまらない。体を折らんばかりに太鼓を打ちつづける鼓手が届けようとしている音は、彼自身の生も死も乗り越えて、次の世代までをも揺さぶろうとしている。この時期「自分が太鼓を叩いているような気がする」と語ったクレーは、彼が駆け抜けてきた道を次代に引き継ぐため、残り僅かな時間を燃焼させようとした。それは、油彩の「ティンパニー奏者」で頂点に達する。

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