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2006年5月19日 (金)

忘れっぽい天使

Vergesslicherengel  最近はクレーのシンボル的存在になったが、騒々しい世の中にあってその静かな輝きが際立っている。

 以前わが国最初で最後の大規模な個展が開かれた時、待望の原画と出会った。そのときの感動を忘れられない。画集で見るよりはるかに淡い鉛筆画だが、線が自ら運動して絵を作り出すと語った通り、その線は迷いがなく自由でありながら有機的で余分なものがひとつもない。天使の翼は天才でしか表現できない躍動感に満ちている。

 数多い天使たちの中でも、「忘れっぽい天使」には、デジャブにも似た運命的な心の通い合いを感じた。それは画集や複製画で見慣れているせいだけではない。この天使は自分をずっと知っていてくれたのだ、とさえ思った。

 「また忘れてしまいました」とかしこまる天使の表情には、クレーが目指したユーモアと哀しさの調和が見事に実現されている。そこには難解なトリックが隠されてないので、私たちは安心して愛らしい天使に向き合うことができる。クレー自身の性格の表れとも言えるこの謙虚さは、たとえば「楽しいさえずりの機械」のような皮肉な作品の根底にも感じることができ、カリスマ性を強調する偽者のアバンギャルドと一線を画するゆえんである。今も私の作業場にかけられている小さな複製画はもうだいぶ黄なりに変色しているが、疲れたとき、哀しいとき何度この絵に救われたかしれない。

 誰にも理解されない、あるいは誰にも打ち明けられない哀しみや後悔に沈んだ時、ひとりでこの天使に会いに来て欲しい。人生訓を語ってくれるわけでも、あなたを励ますような言葉をかけてくれるわけでもないけれど、きっとあなたをそのままで受け入れてくれるだろう。あなたが顔をあげて再び歩き出せるまで、はにかんだまま静かに傍にいてくれるだろう。そうしたらこの厄介ものの天使とあなたはもう友達だ。けなげな天使がどこかにいてくれると思うだけで、あなたの生活からコーヒースプーン一杯くらいの涙を乾かしてくれるかもしれない。私はそう思う。

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