2009/07/12

色あせない サイモン&ガーファンクル

 サイモン&ガーファンクルが、おそらく最後のワールドツアーの一環で来日するというのは、ポピュラー音楽に関心のある人間にとってはもう事件である。マイケル・ジャクソンの急逝があったとはいえ、メディアの扱いが小さいな、と感じたのは私だけだろうか。 期せずしてナゴヤ・ドームに1番乗りしてしまったが、ドームのコンサートにしては聴衆の年齢層がやはり高い。私はビートルズもS&Gも現在進行形でなく解散後に追体験した世代だが、S&Gは私にとって、青春そのものと言っていい。

 実は、十数年前東京ドームでの彼らのパフォーマンスはには不満が残っていた。南こうせつの前座が長すぎたし、バックも少なく、何よりアーティの声に力がなくて、さすがに年齢には勝てないのかなあ、と寂しい思いをしたものだ。だから、今回も不安がなかったといえば嘘になる。しかし、日本ツアーオープニングの名古屋公演はその不安を吹き飛ばす感動的なものだった。

 アンコール除いて20曲という曲数もそうだが、驚いたのは歌唱力だ。もちろん若い頃の様なハイトーンは出ないし、アップテンポの曲はアレンジでカバーしているところがないではない。それでも、アーティの声は前回の日本公演より間違いなく出ていたし、歌い方が胸に迫るものがあった。

 最初にぐっと来たのは、アーティのソロで歌った「キャシーの歌」。この歌は、デビュー・アルバム「水曜の朝午前3時」の売れ行きが芳しくなく、いったんメジャー活動を断念しかけたポールが一人でイギリスを旅する間歌ったもので、シンプルだがメロディーに温かみと奥行きがあり大好きな作品だ。アーティは、しとしと降る雨に重ねる心情を素晴らしく美しく歌い上げていた。

 それから、いったん2人のソロ作品の披露が合って、再びS&G時代に戻った最初に歌った「ニューヨークの少年」。アルバム「明日に架ける橋」に収められたこの歌が、既に違う道を歩き始めたアーティへのポールの別れのメッセージであることは有名だ。そして、ニューヨークにたった一人残された少年の姿は、911以降傷ついたニューヨークのすべての人の姿に重ねられてきた。ほとんどがポールのパートだが、コーラスに控えめに被せられたアーティの声が胸にしみた。2人は実は仲が悪かったなんて定評などとても信じられない。

 そして、間隔をあけずに「マイ・リトル・タウン」へ続く。これも大好きな曲だ。解散宣言なき解散後、S&Gの唯一のオリジナル曲で、チャート9位にまであがるヒット曲なのに、何故か、それ以降、ベストアルバムにも収められず、コンサートでも取り上げられず(あのセントラル・パークでも歌われていない)封印状態になっていた。しかし、生まれ育ち放課後には一緒にバイクを飛ばした故郷、しかし今は「死人と死にかけた人しかいない」故郷を2人が忘れるはずはなかった。おそらく、この歌を再度取り上げるまでにはポールとアーティの間の葛藤があったに違いない。セントラル・パークでも実現できなかった、S&Gの一体感が、安っぽい郷愁ではない、今も僕達一人ひとりにくすぶっている青春の輝きに火をつけてくれる。

 2人(特にポール)は共に寡作だ。メディアへの露出も上手なほうではない。しかし、40年の軌跡を振り返って、「きらめくナショナルギターのように」輝く作品達はどうだろう。若い頃聞いた音楽と言うのは、懐かしがって今聴くと一気に時代のギャップに気づかされることが普通だが、S&Gにはそれがない。「サウンド・オブ・サイレンス」のメッセージと疾走感は今もなお、と言うより今でこそ新鮮ではないか。ポールはポピュラー音楽に留まらず、20世紀アメリカを代表する音楽家の一人と評価されるようになったが、67歳にしてこのコンサートは今も挑戦的であり、新たな刺激を与え続けてくれる。

 きわめつけは、アンコール前大トリの「明日に架ける橋」だった。この曲を聴いた回数では私は人語に落ちないつもりだが、1番をアーティ、2番をポール、3番を再びアーティという構成は初めてだ。そして、その意味が彼らの歌声でよく納得できた。掛け値なしの友情を歌い上げるこの作品をもっともリアリティを持って演奏するには、この形がいちばん自然なのだ。そして最後の最後アーティは逃げることなく、温かく艶やかなハイトーンで歌いきった。最高だった。

 S&Gという稀有のデュオを彼らならしめているのは、彼らの音楽に対する憧れと敬意の深さだと思う。そして、もうひとつ、特にS&G時代の作品には若者の悩み、悔しさ、絶望が表現されているが、決して突き放したものではなく、どこかで2人の友情が支えてくれていること、それを改めて実感したコンサートだった。

 隣で聞いていた男性は、S&Gをリアルタイムで体験した世代で、前の晩福岡から来たと言っていた。大サービスのアンコール4曲が終わった後、思わず握手をしてしまった。

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2009/02/18

「空を飛ぶ靴」が歌になりました

 以前ご紹介した拙詩「空を飛ぶ靴」に、ヤスミン植月千春さんが、曲をつけてくださいました!ヤスミンさんのサイト

 http://www.yasemin.info/

の「ライブラリ」のページ
 http://www.fiberbit.net/user/yasemin/library.html#225

でオンライン配信されています。

 「空を飛ぶ靴」と言う題名は少しロマンチックすぎるかもしれません。でも、わたしは、この詩に告発ではなく、希望と共感の思いをこめたかったのです。

 ヤスミンさんは、明るく凛とした曲と演奏でこの詩に生命を与えてくださいました。まさか歌になるとは(しかもヤスミンさんの手で!)夢にも思っていなかったので、字数もばらばらでさぞご苦労されたと思いますが、最初に聴いたとき、「この世に正義と言うものがあるなら」のリフレインのところで涙が出てきてしまいました。

 この歌が皆さんにとっても希望の歌となり、イラクやパレスチナや、今「靴」を必要としている世界中の人を思い出す助けになれば幸いです。

 このページには、他にも、「レイチェル」「もう泣かないでいいよ」など、胸を揺さぶる弾き語りがアップされています。レイチェルは、ガザに侵攻してきたイスラエルのブルドーザーを止めようとして、その前に立ちはだかりひき殺されたアメリカ人女性です。

 わたしが、パレスチナ人としてでなく、日本人として生を受けたのは偶然に過ぎません。わたしは、なまぐさとはいえ、仏教徒なので、殺された人々は、前世では兄弟だったかもしれない、とも考えます。そうすれば、どのような国の人に降りかかる悲惨も他人事ではありません。もちろん、日本の中でも同じようなケースはいくらでもあり、わたしが殺されもせず、殺しもしていないのは、わたしの努力やまして人間性のせいではなく、偶然にすぎません。できることはわずかでも、すべての命に対する共感を忘れないようにしたいと願っています。

【お詫び】最初のUPでレイチェル・コリーさんについて、「戦車を止めようとして」と書いてしまいました。これは「ブルドーザーを止めようとして」の誤りです。命をなげうったレイチェルさんにも、ヤスミンさん、石橋行受上人にもたいへん申し訳ないことをしました。お詫びして訂正いたします。

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2009/02/12

ヤスミン植月千春さん「We Will Not Go Down」弾き語り

 どんな権力者も、抵抗の歌を取り上げることはできません。第二次大戦下のユダヤ人ゲットーの人々、民主化前の韓国で石つぶてとなってたたかった人々、そしてチリ・スタジアムのビクトルハラ、わたし達は、いくらでもその例を思い出すことができます。

 そして、マイケル・ハートやユスフ・イスラムなどがガザを思う歌が、いろんなところで取り上げられるようになり、歌の力と言うものを改めて感じています。

 マイケル・ハートの歌「We Will Not Go Down」を、尊敬するヤスミン植月千春さんが日本語の弾き語りで披露されています。ヘンリー・オーツさんが、カフェ・トーク「イラクとパレスチナⅡ」での演奏の模様を、YouTubeに動画でアップしてくださいました。

 歌は直接政治を変えることはできません。でも、それに接する一人ひとりを変えていくことによって、もっと強いやり方で世界を変えていきます。

 メディアでガザへの関心が薄らいでいるように見える今こそ、この歌を歌い広げましょう。

 We will not go down!

 ※カフェ・トークのレポートは、こちら↓
 http://henrryd6.blog24.fc2.com/blog-date-20090201.html

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2009/02/01

ユスフ・イスラム、ガザの子ども達のためにジョージ・ハリスンをカバー

 イギリスのシンガー・ソング・ライター、ユスフ・イスラムが、ガザの人々を支援するチャリティソングを発表しました。

 ユスフがジョージ・ハリスンの最も充実していた時期の名曲をカバー、しかもクラウス・フォアマンが参加ときては、マニアには垂涎物ではないでしょうか。リボルバーにインスパイアされたジャケットもかっこいいです。

 この歌がきっかけとなり、多くの人にガザへの関心と理解が広がることを願っています。それにしても、そろそろ日本語でこういう歌は生まれないのか、と歯がゆく思うのは、わたしだけではないでしょう。

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■ユスフ・イスラム、ガザの子ども達への歌を発表
【Yusuf Islam Releases Song for the Children of Gaza】
 http://www.un.org/unrwa/news/releases/pr-2009/jer_26jan09.html
(26/Jan./2009 UNRWA Press Release)

 とても有名なミュージシャンのユスフ・イスラム(かつては、キャット・スティーブンズと言う名で知られています)は今日、すべての売り上げを、ガザ地区で子どもと家族を支援するために、UNRWA(国連救済事業機関)と[NGOの]セイヴ・ザ・チルドレンに寄付するチャリティー。ソングを発表しました。

 曲目は、ジョージ・ハリスンがオリジナルの「ザ・デイ・ザ・ワールド・ゲッツ・ラウンド」で、レコーディングには、ボーカルのユスフと共に、第5のビートルとして知られるクラウス・フォアマンが参加しました。

 ユスフは、彼の歌が「人々が、人類の空しい戦争と偏見を見つめなおし、わたし達が受け継いだ無限の愛、平和、分かち合う幸福を思い出して、わたし達の愚かなやり方を変え始める」一助になってほしいと語りました。

 歌は、以下のページからダウンロードできます。

 http://www.jamalrecords.com/cgi-bin/commerce.cgi?display=home

(以下、UNRWAの活動紹介は省略)

 もっと詳しいことを知りたい方は、以下へご連絡下さい。

 Christopher Gunness
 UNRWA Spokesperson
 Mobile: +972-(0)54-240-2659
 Office: +972-(0)2-589-0267

(仮訳どすのメッキー 1/Feb./2009)
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【追記】jamal recordはアクセスが集中して重いようです。まず歌を聞いてみたい方のために、知人から教えていただいたYoutubeの動画をご紹介します。いいですよ!

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2009/01/14

「We Will Not Go Down」(わたし達は負けはしない) 字幕つき動画 → ぜひ広めてください!

 以前ご紹介した、マイケル・ハート(前回は最初「マイケル・ハーツ」とご案内しましたが訂正します)の歌"We will not go down"

 http://hope.way-nifty.com/a_little_hope/2009/01/post-a200.html

の反響が広がっています。

 知人の笠井一朗さんが、日本語と英語の字幕つきのビデオクリップを作成してくださいました!

 ↓ ↓ 下記URLをクリック! ↓ ↓

 http://www.geocities.jp/IraqNewsJapan/avi/WeWillNotGoDownForGazaXviD12.avi

 私は、見ていて涙が止まりませんでした。

 マイケルさんの了解を取っておりませんが、マイケルさんの趣旨と事態の緊急性を考え、このビデオクリップをぜひ普及したいと思います。どうか、あなたの力を貸してください。

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【追記】マイケルさんのサイトを見ると、この曲は自由に配布していいそうです!そのかわり、UNRWAなどしかるべきところに寄付するなどガザを支援してほしいとのことです。

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 学習会の冒頭などで見ていただいても意味があると思います。ガザで起きていることが、自分たちとは関係ない遠い世界のこと、あるいは、情勢が不安定な地域では避けられない対価のように考えている多くの人に、まず、このビデオを見てもらってください。

 ただし、このビデオは、DivXという形式で圧縮されています。これは、Windowsで近年普及した長編動画用の圧縮形式で、CD1枚に約120分の動画をかなりの画質で保存可能です。ただしストリーミングには現在対応していません。

 もし、上記URLをクリックしても、あなたのパソコンのプレイヤー(WindowsならMedia Player等)で音声しか再生されない場合は、DivXに対応するCodecがインストールされていないためです。

 動画に対応する手っ取り早い方法は、フリー・アプリケーション"DivX7 for Windows"を、以下の日本語サイトからダウンロードすることです。私もこのアプリケーションで再生しています。

 http://www.divx.com/ja/products/software/windows/divx

 インストール後、上記URLをクリックすると、Media Player等で動画の再生がスタートするはずです。画像に説明は不要と思われますが、白燐弾の爆発と思われるものも含まれています。

 Macの場合、QuickTimeにプラグインを追加することになるようですが、詳細は知識がありませんので、下記ページなどをご参照ください。

 http://ascii.jp/elem/000/000/033/33324/

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2009/01/10

LAのアーティスト、ガザ思い作曲「わたし達は負けはしない」

 イスラエル軍のあまりの蛮行に、眠れず情報を探していたら、ロサンジェルスに住むシンガー・ソング・ライター、マイケル・ハートが、イスラエルを告発し、ガザのパレスチナ人を励ますための歌"We Will Not Go Down"を8日に発表したのを知りました。YouTube等でPVが公開されています。

 わたしは、ジェイムズ・ブラントの「ノー・ブレイブリー」に劣らない作品だと思います。是非、あなたの大切な人に紹介してください。

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■わたし達は負けはしない■
【We Will Not Go Down】
(by Michel Heart 8/Jan./2009)
 http://www.arabisto.com/article.cfm?articleID=28209

真っ白な目も眩む閃光が
今夜もガザの空を照らし出す
避難所を求めて人々は走る
彼らが死んでしまったか生きのびたかは知らない

奴らは戦車や戦闘機でやってくる
紅蓮の炎で焼き尽くし
後には何も残らない
叫び声だけが煙のように立ち上がる

わたし達は負けはしない
たとえ夜でも、武器がなくても
あなたはモスクもわたし達の家も学校も焼き尽くせる
でもわたし達の心は滅びない
わたし達は負けはしない
今夜もガザで

女も子どもも同じように
毎晩毎晩、殺され、虐殺が続く
その間、遠い国のリーダーと呼ばれる人達は
誰が正しくて誰が間違っているか議論しているだけ

けれど、彼らの言葉は空しく役に立たない
爆弾は酸性雨のように降り注ぐ
けれど、わたし達の涙と血と痛みを通して
あなたの耳にはまだ聞えるはず
わたし達の声が煙のように立ち上がるのを

(仮訳 どすのメッキー 10/Jan./2009)

(以下原詩)

A blinding flash of white light
Lit up the sky over Gaza tonight
People running for cover
Not knowing whether they're dead or alive

They came with their tanks and their planes
With ravaging fiery flames
And nothing remains
Just a voice rising up in the smoky haze

We will not go down
In the night, without a fight
You can burn up our mosques and our homes and our schools
But our spirit will never die
We will not go down
In Gaza tonight

Women and children alike
Murdered and massacred night after night
While the so-called leaders of countries afar
Debated on who's wrong or right

But their powerless words were in vain
And the bombs fell down like acid rain
But through the tears and the blood and the pain
You can still hear that voice through the smoky haze
**************************************************

 次は、知人から紹介いただいたもので、ビエンナーレ音楽コンクールでの作品?で、「アラビア語によるガザの歌」という題名です。

 http://jp.youtube.com/watch?v=mkNGZdj_M3I&feature=related

 言葉の意味は残念ながら分かりませんが、パレスチナの人たちの呻きや悲しみが伝わってきます。

 それから、ガザの歌ではありませんが、9日夜NHKのBSで、ジュリー(沢田研二)のコンサートを放映しているのをたまたま見たら、彼が還暦記念に自ら作詞した「わが窮状」を熱唱していました。もちろん「窮状」は掛詞です。「あきらめは取り返せない 過ちを招くだけ/この窮状 救いたいよ 声に集め歌おう/わが窮状守れないなら 真の平和ありえない…」

 爆弾は人を殺すことしかできません。歌や言葉はひとりひとりを生かすことができます。そのひとりひとりが手を結べば、戦争も虐殺も止められると信じます。

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2007/08/03

それでもいいのさ、生きていくしかないんだよ ~ "American Tune"が愛され続ける意味

 ポール・サイモンの「アメリカの歌 (American Tune)」は、彼の全キャリアの中でも最も好きな曲です。演奏を聴いて涙があふれてきたというのは、この歌が初めての体験だったと思います。

 「明日に架ける橋」や「ボクサー」に描かれた今を生きる人たちの悲しみと希望は、この歌でさらに深く、繊細になりました。この曲がフィーチャーされたアルバム「ひとりごと(There Goes Rhymin' Simon)」が発表された1973年のローリング・ストーン誌の人気投票で1位に選ばれたり、独立200年記念行事で歌われたり、と第2の国歌に近い扱われ方をしているときいています。

 バッハのマタイ受難曲をベースにした澄んだメロディに乗せられた歌詞は、字面の上では、シンプルで分かりやすい。でも、その歌詞が具体的に意味するものを、私は最近までつかみかねていました。言い換えれば、アメリカ国民でない私の心をこれほど揺さぶるものは何か、ということです。

 ところが、偶然と言うのはおそろしいもので、シンディ・シーハンの休養宣言から復帰にいたるメッセージを訳している中で、「アメリカの歌」を歌っている人物が具体的に浮かび上がってきました。とくに、この歌の中の 'You'が誰を指しているのかが問題でした。主人公と一緒に家出した友達でもいるのでしょうか?いや主人公は孤独のはず、等などスッキリしなかったのですが、この 'You'こそ、シンディが「引退」宣言を"Good-bye America…you are not the country that I love and I finally realized no matter how much I sacrifice, I can’t make you be that country unless you want it."と締めくくったセンテンス中のの 'You'と同じではありませんか。

 そう気付いて、思い切り意訳になりますが、今のアメリカ市民とわたし達日本市民ともに共感できるメッセージとして訳し直してみました。

 ポールは、悲しみの中の希望を混じりけ無く表現できるソングライターです。「おお、見えるか/この薄明の中に/我々が夜を徹して/誇らしく掲げたものが」で始まる軍歌「星条旗よ永遠なれ」や「山を越え/原野を渡り/海原へ/アメリカに主の祝福あれ」と歌う「ゴッド・ブレス・アメリカ」とともに「アメリカの歌」がずっと愛されている意味に思いを馳せていただければ幸いです。

♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

「アメリカの歌」

何度も誤解を繰り返し
どうしていいか分からなくなって
その度に一人ぼっちになって苦しんだ
でも大丈夫さ、そういうものなんだよ
僕は骨の髄までボロボロになってしまった
もういつまでも明るく夢を持ち続けることなんてできないよ
僕たちの故郷からこんなに遠く離れてしまってはね

打ちのめされたことのない魂なんて知らないし
僕には打ち解けられる友達もいない
夢は必ず閉ざされ現実に跪かされるものなんだ
それでもいいのさ、大丈夫だよ
そんな風にして僕らはこれまでやってきた
行く先を案じてみても、何が悪かったのかなんて分からない
分からないのに考え続けている

死んでいく夢を見た
僕の魂がふいに身体を離れ、僕自身を見降ろしたんだ
僕をいたわるように優しく微笑んでね
空を飛ぶ夢も見た
目の前には自由の女神が鮮やかに輝き
彼女を超えて海のかなたに漕ぎ出していく夢を

僕たちはメイ・フラワーと呼ばれる船でこの国にやってきて
今では月にだって行けるようになったのに
僕たちの暮らしは不安と絶望でいっぱいで、
それでも僕はこの国の歌を歌い続けている
ああ、それでもいいのさ、生きていくしかないんだよ
僕たちだけが祝福される時代は終わったんだ
それでも、明日は相変わらずやって来るから
立ち止まってみたいのさ
そう、僕は立ち止まってみたいだけなんだ

"American Tune"(Lylic and Music by Paul Simon 1973)
(訳 byどすのメッキー 3.August.2007)

※原詩は以下などをご参照ください。
原詩 http://www.sing365.com/music/lyric.nsf/American-Tune-lyrics-Paul-Simon/47872910DB0822C54825698A000B45AC
動画 http://www.youtube.com/watch?v=AE3kKUEY5WU

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2006/12/17

空気の中に秘められた音楽 ~ はじめてストリングラフィを聴いて

 昨日、福井子ども劇場の例会で、はじめてストリングラフィの演奏を聴きました。

 子ども劇場の例会は、いつも舞台の予備知識なしで参加しています。ネットで調べるのは簡単なのですが、体験前に知識を背負っていくと、自由に鑑賞できなくなってしまう気がするからです。

 ストリングラフィは、「20世紀最後に発見されたアコースティック楽器」と言われているそうです。両端に紙コップをつけた絹板を幾重にも張り巡らした外観は、そんなたいそうなものには見えません。ところが、演奏者がその絹糸に踊るように触れ始めると、想像もできなかったような大きな音が出るのです。音は弦楽器そのものなのですが、指の様々なコントロールによってひとつの楽器とは思えない多彩な音色が出ます。

 バスを奏でる最低音の糸の長さは15mにも達するので、演奏には広い場所が必要で、聴く者は、その楽器の中に身体をうずめて鑑賞することになります。今回の例会は、照明を落としたホールの楽器の部分だけにスポットをあてていましたので、聴く者も大きな楽器の一部になったかのような気分が一層高まりました。

 携帯オーディオ全盛の今、音楽も電子データの一部となり、ipodの窮屈なケースに閉じ込められている感があります。それにともなって、音楽は世界と交流する手段ではなく、自分を世界と遮断する手段に変質してしまいました。ストリングラフィが、その演奏や鑑賞に巨大な空間を必要とするのは、せせこましい現代にあって実に痛快です。

 五線譜が天にそのまま現れたような絹糸を前にした演奏者の姿は、楽器を演奏するというより、空気の中に隠れていた音を指先で拾い上げているように見えました。その動きは、パフォーマンスでもあるのだけれど、均一に糸を振動させるための合理的な動きでもあるのでしょう。自然は、いつも優雅な答を用意しているものです。

 作曲家であり、演奏者の水嶋一江さんは、山形県月山の麓の森で、森全体を大きな楽器にしたいとひらめいてこの楽器を発明したそうです。例会の様なホールもよいけれど、晴れた森の空気の中で、小鳥の囀りや風の音と共鳴しながら演奏するストリングラフイは、さぞ素敵だろうな、と思います。森はないけれど、アフガンの砂漠の中で、ストリングラフイを演奏している情景を私は思い浮かべました。米軍の侵略後、国土が荒れ果て伝統文化も回復しないまま、再び忘れられた場所になろうとしているアフガンの人たちの心をこの楽器の音色はきっと癒してくれるのではないだろうか、と。

 演奏するレパートリィの広さとそれぞれの表現力の豊かさも驚きました。私はアンコールの「カノン」が特に感銘を受けました。クラシックももっと聴いてみたいなあ。

 息子は、手作りのストリングラフィ入門セットを買って、早速家の中に糸をはって挑戦していました。音を出すのは難しくないのですが、さすがにきれいな音にするのは簡単ではありません。水嶋さんは、演奏に使う紙コップを使い捨てにせずに7年間も使っていると聞きました。(新庄選手のグラブみたい!)発見は一瞬でも、精進には時間がかかる、それもまたいい。

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2006/11/19

こどもがたたかう相手としての大人 「伝説の広場の歌」をかみしめながら

 ご飯が上手く炊けると、釜のふたを開けた時お米が立っている。林さんの生の音楽に久しぶりに触れて、林さんのソングに接するうれしさって、そんなご飯を見たときの気持ちと似ているな、とふと思った。

 音楽を通して子ども達の創造力を見つけ出す活動を行っている「どれみふぁたんけんたい」が、12月10日の発表会で林光さんの曲を歌うことがきっかけで、先日林さんを福井に呼び交流会を開いた。林さんと聞いてはじっとしておれず、直接関係ない私も特別に参加させてもらい、楽しい時間をすごさせていただいた。

 75歳になっても、ずいぶん前にお会いした時と変わらず自然体で、子ども達の矢継ぎ早の質問やゲームにも飄々と対応されているのはさすが。

 子ども達がそれぞれ手製の楽器で披露した「雨の音楽」は、多様なパーカッションの背景に感じられる地鳴りの様なリズムが素敵だ。雨を待ち望んでいた草や虫達のわくわく感にどきどきさせられる。

 子ども達が歌う「こどものたたかい」という作品の楽譜も買った。楽譜が活字でなく、林さんの手書きなのが嬉しい。ソングの楽譜は手書きに限る。大学生で合唱を始めた私は、「軍隊を捨てた国」の挿入歌にもなった林さんの最も有名なソング「告別」を歌い、まだ背景も知らないうちから涙が出てきた。歌を歌って涙が出たのは初めてだった。楽譜を見ていると、その時の練習の雰囲気がよみがえってくる。

 「こどものたたかい」は、すべて林さんが作詞作曲した作品だ。短いが暖かい風刺が効いていて、子どもに寄り添いながら、なよなよ媚びたところがない。林さんは、楽譜集の冒頭にこう書いている。

『こどもとおとなとの関係ではこどもが弱者だからといって、こどもをおとなが保護してやるのがこどもの権利条約だというのは、どこかおかしい。こどもとおとなのたたかいのなかからひとつひとつの権利は手にすることができる。たたかい相手としてのおとながそこに見えるような歌をつくってみたつもりだ』

 これは目からウロコのメッセージだ。こどもの権利を、子ども自身が大人とたたかいながらかちとっていく。権利とは森羅万象の自然に対して発生するものではなく、必ず誰かを相手に奪い取っていくものなのだから、子どもの権利なら、大人にたたかいを挑むのは当然だ。しかし、「子どもの権利」となると、私も含めて、得てして大人が与えてやるような錯覚に陥りがちなのではないだろうか。

 今、政治の場で教育を語る大人の多くは、教育基本法の改正に反対した中学生を匿名で中傷したり、ヤラセに開き直ったりする卑怯ものばかりである。ならば、子どもはそんな大人に頭を下げて自分をまもってもらう必要はない。自らの正義をかかげてたたかいを挑めばよいのだ。

 林さんの美しくかつ骨太なソングに出会わなければ、私が今平和活動を続けていることもなかっただろうし、ブレヒトからハンドルネームを借りることもなかっただろう。

 最後に「伝説の広場の歌」を林さんの指揮で、参加者全員で合唱した。

 この歌は、林さんが宮沢賢治の「ポラーノの広場」に触発されてつくった作品だ。賢治が作りたかった「天上よりももっといい」ひろばの姿は、そこに最も具体的に描かれながら、語り部のキュースト氏の語り口には、それがまだ本当には実現せず、また自分には作れない寂しさが横溢していた。しかし、賢治をこよなく愛する林さんは、その広場をロマンチックな夢の国ではなく「いつかきっと行きつける約束の地」と歌った。林さんは現実を直視する人で、理想ばかりで作品を作る人ではない。それだけにこの明るい歌にこめられた願いは深い。

 もう7、8年前になるが、賢治の足跡をたどって、知人と秩父へ行ったことがある。その旅の宴会で、私は「伝説の広場の歌」を独唱した。この地で短いコンミューンを打ちたて、そして散っていった秩父困民党の人たちが、「いつかきっと行きつける約束の地」を信じていたであろうことを、自分に言い聞かせながら。

 日本は今、加速度的に危険な方向に向かっているように見える。しかし、パリや秩父で理想の自治を目指した人々との困難の差は比べようもない。

 林さんのソングは、彼らのたたかいが過去の冷たい史実ではなく、また単なる情熱だけで突っ走った無謀な試みでもなく、わたし達生きた人間につながる進行形の出来事であることを気付かせてくれる。

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2006/09/02

映画「ユナイテッド93」と追体験する思い、共感する思い

 アメリカ政府と軍産複合体は、軍事力と情報収集能力を独占し、地球すべてを米国流のイデオロギーと米国に利益を生み出す経済システムに作り変えようとしてきました。911が起こらなくても、その方向性はおそらく変更されなかったでしょうし、米国以外の地域に目を移せば、911規模の殺戮や見殺しは残念ながら珍しいものではありません。その意味で、911で世界が変わったという主張は何ら本質的なものではなく、せいぜいブッシュ政権が国際的枠組みに協力しない口実に「テロ」が加わった程度のものだと思います。

 911で大きな変化があったとすれば、歴史上繰り返されてきた殺戮、それは結局一部の資本家や官僚機構が財を成すために、正義や宗教の名の下に本来に憎めない人間同士が追い立てられて行っている殺戮にすぎないのですが、その空しさを支配側の国家の国民が気づきかけた、ということでしょう。どんな目的でもテロを許すことはできないが、報復の連鎖を許すことはできない。米市民の悲しみの深さとそれに正対する勇気を、今日観た映画「ユナイテッド93」で感じることができました。

 スター俳優による客寄せや悲劇に乗じた美談の類は最初から頭にないのは勿論、時間の伸縮やパースの誇張も、BGMさえほとんどありません。最後も、墜落を暗示する叫びと操縦席の窓からの風景が写った直後暗転して終わりです。飛行機が墜落して炎上したり、遺族が泣き崩れたりする、劇的、時には誘導的な場面は執拗に排除されていました。結論を出さず、事実は事実のまま観客に投げ出されます。まだ公開されていませんが同じく911を扱った映画「WTC」とは性格を異にしているようです。

 国内線搭乗前のゲートの雰囲気、乗務員と乗客との会話、あまりにありふれた日常から映画は始まります。ついこの間米国を飛んで回ったばかりなので、その日常自体私にとっては生々しい。テロの可能性を指摘されながらブッシュ政権が対応を怠ったことが「華氏911」で描かれていましたが、肝心の時に誰もおらず決定が下せないシステム等、超大国アメリカの安全が空洞化してることを容赦なく描き出します。その中で、予想もしない事態の展開に必死に対応しようとしながらも、連携がとれず、結局すべて後手に回ってしまう関係機関職員の焦燥と困惑があまりにリアルで、観ていて心臓が苦しくなるほどでした。

 犠牲となった乗客やクルーを演じる俳優は、本人の年齢だけでなく、遺族の証言によって本人の顔立ちに似た俳優が選ばれ、実際のパイロットや管制官も起用されたといいます。映画の中で、首都にハイジャック機を近づけさせないためには撃墜も止む無しという会話も流れます。遺族たちはどんなに胸が締め付けられる思いでこの映画の制作に関わったのでしょうか。

 特筆すべきは、ハイジャック犯の描き方です。911以降おそらく無数に作られたであろう大小のプロパガンダ映画と同様の意図なら、彼らを犠牲者とはまったく接点のない異次元の悪魔にしたてあげればいいでしょう。しかし、事件から5年近くを経て公開されたこの映画のハイジャック犯は、自分自身向き合わねばならない死に怯え、任務の遂行に不安と迷いを露にする同じ血の通った人間として描かれています。だからこそ、この映画は、何故そういう人間同志が命を奪いあわなければならないのか、それを考え続けろ、とわたし達に迫ってくるのです。

 アメリカという帝国は、911の犠牲者や遺族の悲しみをもその暴力的拡張に利用しました。わたし達は、テロによっても国家による戦争の発動によっても、命の奪い合いを止めることはできない、とブッシュ政権の「対テロ戦争」に反対し続けてきました。ソルトレーク五輪中もアフガンを攻撃しながらWTCで焼け残った星条旗を持って入場するなど、当時米国を覆った命に対する軽重の意識の激しさに憤って来ました。

 世間一般では911はもう歴史的出来事になったかのようです。しかし、映画に描かれたような死に方をした犠牲者の遺族にとって、この5年間で痛みが癒えることはなかったでしょう。映画公開に寄せて「93便家族」の方々は「何が起きたのか、どうして起きたのかを記憶にとどめておかなければなりません。忘れてしまうことで、二度とあんな惨事は起きないと、自分たちをだますことはできません」と語っています。それは、もちろんこの5年間でアメリカ帝国に殺されたアフガン、イラク、パレスチナの人に対しても同じですが、ブッシュ政権を批判するあまり、万一、日本の平和運動が911の犠牲者や遺族の痛みを軽視する傾向があったとしたら、恐ろしいと思います。

 ネット上のレビューにもありましたが、わたし達はこの物語の結末を知っているのに、それでも、何か奇跡が起こって助かってほしいと思うのです。ユナイテッド93便が離陸する場面で、離陸するな、と指を組んでしまうし、犯人が緊張に引きつった表情で座席に待機している時は、今からでも思いとどまれ、と声をかけたくなってしまう。そして、墜落直前の乗客の絶望と勇気(ここで見るのは、国家や会社に強制・鼓舞された「勇気」ではなく、自発的な裸の人間の勇気です)を、わたし達は再体験しなければなりません。

 映画館には意外にも若いカップルがたくさんいました。恋人と観るこの映画が、その後の二人の人生にとって、大きな糧となることを祈ります。まだご覧になっていない方は、時間を作ってでも観てください。

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(2006.9.14 追記)

 そっけない終わり方を選んだグリーングラス監督の意図がについて、最近気付いたことがあります。

 映画は後半、ほとんど飛行機のキャビン内だけの描写だけで進んでいきますが、もし、飛行機が墜落して炎上する場面を写したら、その瞬間観客は飛行機の息苦しいキャビンから解放され、その悲惨を外から見下ろす立場になってしまいます。そうしたら、わたし達は、自分なりにこの出来事にけりをつけ、簡単に突き放してしまうかもしれません。

 監督は、わたし達観客に、どこまでも、飛行機の乗客、乗員、そしてハイジャック犯と一緒に悩み、悲しみ、その思いを引き継いでほしかったから、このような終わり方を選んだのではないでしょうか。

 目にしみる緑の農地を見た次の瞬間の暗転。これはまさに乗客、乗員、そしてハイジャック犯が体験したことです。そして、亡くなった方々や遺族にとって、ユナイテッド93の出来事はまだ決着がついていない。その暗闇は今も続いているわけです。

 911を、評論家としてでなく、犠牲になった人たち(それは、ハイジャック犯も含むのだとわたしは思います)とどこまでも一緒に苦しみぬいた先に初めて、この暗転の闇が明けてくるのだと思います。

 わたし達もまた、今なお闇を手探りでもがいているのです。

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