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2009/04/19

Six Days in Fallujah が受け容れられる土壌

 アレン・ネルソンさんが亡くなってもう4週間がすぎました。壮絶な人生を終えたネルソンさんが今は安らかな世界に生まれ変わっていることを願わずにはいられません。

 先日たまたま中島敦の「山月記」を読み返して、初めて虎としての所業を実感した李徴の気持ちが、ふとネルソンさんや、イラク帰還兵と重なりました。戦場において人間は本当にどんな所業でもなし得る、しかし同時に、人間一人ひとりの中には、戦闘規定よりも、憲法よりももっと根源的で強い良心が住んでいることに衝撃と感動を覚えずに入られません。この世界に縁あって生まれてきたからには、人間を生かしあうために生きたいと誰でも思っているはずですが、この世界は残念ながら内心の声を掻き消し、眠らせ、歪めることばかりに血道をあげているように見えます。

 この4月、米国のコナミグループ関連会社で、ビデオ・ゲームや携帯コンテンツ等の清製造販売を行う Konami Digital Entertainment,Inc.(KDEI)が、「Six Days in Fallujah」(ファルージャの6日間)というタイトルの戦闘ゲームを2010年に発売すると発表しました。このゲームの情報は、ネットを探せばいくらでも見つかります。

 その名の通り、2004年11月にアメリカ軍が行ったファルージャ「掃討」作戦を題材にしたものです。アメリカ軍は、米傭兵殺害の報復として「武装勢力掃討」を口実にイラクのファルージャ市を包囲し、ライフラインを断って兵糧攻めにした後、無差別攻撃を加え、少なくとも6000人以上の市民を直接的に殺害しました。イスラエル軍のガザ攻撃で最近批判を浴びた白燐弾も使われました。

 日本人人質事件の引き金にもなったこの虐殺については、何をおいても、以下を読んで下さい。

 ■ファルージャ 2004年4月
 (ラフール・マハジャン、ダール・ジャマイル、ジョー・ワイルディング、
  エイミー・グッドマン著、益岡賢+いけだよしこ編訳、現代企画室)
 http://tinyurl.com/cqblta

 私も、家族もビデオ・ゲームを全くやらないし、関心もないので、この業界がどういうものか知識がありませんが、それでも、許せるという代物ではないでしょう。コナミ・グループの企業理念「世界じゅうの人々への『価値ある時間』の創造と提供」とは、こういうことなのでしょうか。

 コナミの発表を受けて、帰還兵や、戦死した遺族から、すぐに抗議と発売中止の要望が起こりました。

 元英国軍大佐でイラク戦争の勲章も持つティム・コリンズ氏は、いまだ終結を見ていない現実の戦争はビデオ・ゲームに取り上げるのは軽率な反応で容認できない、と反対の立場を表明しましたし、2003年、イラク戦争で息子を亡くしたレッジ・キース氏は、デイリー・メールに対し「これら恐ろしい出来事は、歴史の記録に閉じ込められるべきだ。ゲームにスリルを求める娯楽として矮小化すべきものではない」と語りました。英国の市民平和団体ストップ戦争連合のタンシー・ホシキンス氏は「戦争犯罪に関するゲームを作り、何千人もの死傷者の上に利益を得るというのは病んでいます。ファルージャの虐殺は、エンターテイメントによって美化されるべきではなく、恥と恐怖として記憶されるべきです」と批判の声を上げています。

 しかし、ゲームのリアリティを高めるために30人の帰還兵がヒアリングに協力していることからも分かるように、一方ではこのゲームに期待する人たちもいるのです。海兵隊の一等軍曹ジョン・マンディ氏は、このゲームが補助的な訓練に役立つと言い、「このゲームを海兵隊は、戦闘それ自体の知識を得るだけでなく、隊員に戦闘規定を考えさせるツールとして利用できる。隊員が一緒にプレーできて、いくつかのことを学べるように、使われるだろう」と述べています。元陸軍軍曹ケビン・スミス氏は、帰還兵が日常への復帰に苦しみ、自殺率も高い現状を憂慮した上で、この戦争が市民にとって実際どのようなものだったのか理解を深めることで、帰還兵への支援が強まることを期待しています。「ゲーム愛好者がこのゲームを通して何かを『体験した』後に、このゲームが肯定的に報道され、退役兵に対する共感が高まることを本当に願っている」と彼は語りました。

 ゲーム制作会社のアトミック・ゲームズと配給元のコナミが、予想される批判等のリスクを冒しても製作や、その公表に踏み切ったということは、市場調査の結果この事業に勝算がある、つまり結局は売れて利益が見込めると判断したことを意味しています。私には、そのことが最もショックでした。

 アトミック・ゲームズのピーター・タムテ社長は、「私達の挑戦は、エンターティメントでもあるゲームの中で戦争の恐怖をどう伝えるかだが、人々に歴史の一場面を目撃させ得る手段はビデオ・ゲームだけなのだ」「私達の目標は、この事件の最中、海兵隊員でいるとはどういうことか、その町の市民でいるとはどういうことか、反政府武装組織でいるとはどういうことか、その洞察を人々に与えることだ」と、意味づけしていますが、言い訳にしか聞えません。結局イラク人を倒せば勝ちなのでしょう?

 アレン・ネルソンさんは、米国人は決して弾に当たらず、戦地の住民からも尊敬されるハリウッドの戦争映画を、全く虚構だと批判していました。たとえ反戦の意味が込められていても、そこには臭いがない、もしあの死臭が映画で表現できれば、椅子に座ってジュースを飲んだりしていられるはずがない、と。

 歴史に対する洞察を与える手段はビデオ・ゲームだけと言う発言は、随分な思い上がりか無知のように思えます。ドキュメンタリー映画「冬の兵士」や昨年邦訳が出版されたジョシュア・キーの「イラク―米軍脱走兵、真実の告発」は、もちろんわたし達は擬似的にでも戦場を体験することなどできませんが、そこで起こったことに対してわたし達が何をすべきか「洞察」を与えてくれないでしょうか。帰還兵の苦しみは、別の手段で支援すべき問題ではないでしょうか。

 ゲームに限らず、デジタル技術の発達によって、表現のリアリティが最優先の価値のひとつに置かれるようになりました。しかし、誤解してならないのは、画面の画素数が何億ピクセルになろうと、CPUの処理速度が何ギガヘルツになろうと、それは現実そのものではないし、相手の人生や心の中を描きつくせることはできない、ということです。それは、機械まかせにしないわたし達の想像力で補っていく問題なのです。

 以前、ネット上で動くゲームで、こんなのがありました。多分イラクあたりを想定した街の風景からテロリストを探してミサイルを撃ち込み、全滅させるというものです。キャラクターは漫画的でリアルではありません。最初に10人くらいテロリストがいるのですが、狙ったつもりでもどうしても民間人に当たってしまいます。爆発の後遺族がやってきて暫く泣き崩れていますが、突然小銃を手にしたテロリストに変身します。こうやって、撃っても撃ってもテロリストが増えていくので、ゲームを終えることができません。終了する唯一の方法はプレーを止めることです。

 このゲームの方が、「Six Days in Fallujah」より遙かに「洞察」を与えてくれます。

 コナミに対する抗議、要望先は以下をご覧下さい。

■コナミ・グループ(日本)の意見受付フォーム
 http://www.konami.co.jp/ja/siteinfo/product.html

■Konami Digital Entertainment,Inc. 連絡先一覧(電話とFAX)
 http://www.konami-digital-entertainment.com/contact.html

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【追記】 27日付朝日新聞等の報道によれば、コナミは、「米国での反応や、電話やメールで寄せられた意見を見て、数日前、取り扱わないことを決めた」とし、少なくともコナミからは米国でも日本でも販売されないことが決まったようです。

 こういう産業は、一般人にどれだけ受け容れられるかで採算を判断しますから、わたし達が正気を保っていれば、発売を断念させることもできるわけです。しかし、別の配給元がハリウッド映画のように巨額の宣伝費をかければ、どうなるかはまだ分かりません。実際日本のゲーム愛好家の中に発売が楽しみだという意見も多く見られたのです。

 ゲームの商品化に反対するだけでなく、「ファルージャの6日間」の真実を忘却させない、歪曲させない努力がこれからも求められています。(2009.4.27)

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