« 2009年1月 | トップページ | 2009年3月 »

2009/02/23

DVD「冬の兵士-良心の告発」

 「チェンジ」の美名の下に、あるいは資本主義の最も脆弱で醜い面をさらけ出した未曾有の経済危機の下で、これまでの価値観が取捨選択なく壊されようとしています。しかし、「よい戦争」と「悪い戦争」の区別などありえないという真実は、変えるわけにはいきません。

 家に帰れば、普通に家族や友人を愛する人々が、戦場でどのような残虐な行為に追い込まれ、あるいは進んで行うようになるか、わたし達が知っている限りでも何度繰り返されたことでしょう。大規模な戦闘でアメリカやイスラエルがジュネーブ条約を遵守した例があったでしょうか。また、「殺す側」にたたされた人々の傷が、「殺される側」より必ずしも癒しやすいものとは限りません。今進められているアフガン増派に見られるように、アメリカ政府や軍は、自国の兵士の命や人生さえ使い捨てにして顧みないのです。

 わたし達は、いつまで権力者の思うまま殺し合いを続けなければならないのでしょうか。

 今、全国で上映や普及が進められているDVD「冬の兵士」をご紹介します。目をそらしてはいけない事実がここにあります。

(以下呼びかけの転載、一部改行調整、URL挿入)
**************************************************
 田保寿一さん制作の「冬の兵士-良心の告発」についてのお知らせです。

1.「冬の兵士」DVDについて初めてお読みいただく皆さんへ
2.どういうものかご存知でまだ視聴していない皆さんへ
3.すでに購入してくださった皆さんへ

1.「冬の兵士」DVDについて初めてお読みいただく皆さんへ

「冬の兵士」は昨年3月、米国で4日間にわたって開催されたイラク帰還兵らの証言集会を軸としたドキュメンタリーです。911以降、従軍、服務する中で、反戦の決意を固めるに至ったイラクとアフガニスタンの帰還兵によって結成された反戦イラク帰還兵の会(Iraq Veterans Against the War)

 http://ivaw.org/

が、3月13日から16日まで、イラク戦争の実相を語る公聴会をワシントンDC郊外の全米労働大学で開催しました。田保寿一さんは、イラク戦争を加害者の言葉によって検証する目的で米国にわたり、この公聴会に遭遇、そのすべてを収録しました。帰国後、これら帰還兵らの証言とイラク現地での独自取材、帰還兵へのインタビューなどで構成したのがこの作品です。

 罪の意識に苛まれ、戦争を告発する仕事をやりぬくことで人間性を取り戻そうとする若者らの真摯な姿は、あらゆる年代、立場の者が共有すべきあるものを提示しています。

 この作品は視聴する側の受け止め方により、戦争一般の否定、「対テロ戦争」の虚偽の暴露、人間の良心への信頼、などさまざまな解釈が可能です。証言した兵士らの発言内容も田保さんの作品のつくりも、後々の歴史的資料としての使用に耐える、真実の記録となるようにと、細心の注意をもって構成されています。

 http://wintersoldier.web.fc2.com/wintersoldier.html

 ここに「冬の兵士」ホームページがあります。3分の予告編を視聴できますので、どうかアクセスしてみてください。

 またこのサイトから購入申込もできます。

2.どういうものかご存知でまだ視聴されていない皆さんへ

 http://wintersoldier.web.fc2.com/wintersoldier.html

 このサイトにアクセスしてみていただけましたでしょうか。現在、3分間の予告編を視聴できるようにしています。どうかご覧になってください。

 また上映会の予定も掲載していきます。
 2月は千歳烏山で24日に開催されます。案内のチラシが上記サイトに掲載されています。

 個人と団体の区別なく、上映会で使用する場合でも

 1本 \3,000-

です。

3.すでに購入してくださった皆さんへ

 ご覧になっていかがだったでしょうか?
 感想や改善案をぜひ
 http://wintersoldier.web.fc2.com/wintersoldier.html
のメール機能を使用して「冬の兵士製作委員会」までお寄せください。

 また広めたいと思われる方、アイデアをお寄せください。
 大量に販売する場合などもご連絡ください。
 上映会をなさる方は上記サイトにも情報をお寄せください。

●「冬の兵士」DVDの最初のバージョンは昨年末に完成し販売を開始しました。現在販売しているバージョンは1月20日に改訂したものです。
大筋は変わりませんが、よりよくなっていることは確かですので、上映会で使用される場合は最新バージョンと交換の上お使いくださるよう、お願い申し上げます。無料で交換いたします。上記サイトからお申し込みください。上映会はしなくてもご自分で何度もご覧になる場合も、交換サービスを利用されることをお薦めいたします。
お手間をかけて申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします。

(最新バージョンは盤に「1.20」と印刷してあります)

******

 米国大統領がオバマに代わり、米国でも日本でもイラク戦争は忘れ去られそうな気配です。もはやイラク戦争に義があったとは誰もいわない。占領はやがて必ず終わるだろう..しかし世界の、そして日本の有権者は、アフガニスタン攻撃に続きイラク戦争に踏み切ったときのものの考えかたを完全に批判・払拭できたのでしょうか。

 イラク戦争を最初から批判していたというオバマ大統領は、今、アフガニスタンへの増派を語っています。イスラエルを支持しています。日本は海賊退治に自衛隊を出します。イラク、アフガニスタン、パレスチナで市民の殺戮が続いています。

 この作品が日本の多くの有権者や若者に視聴され、イラク戦争について、テロを戦争でなくそうという路線・宣伝について、正しい認識を培うことができることを願います。

 冬の兵士製作委員会普及班一同

「冬の兵士」ホームページ
 http://wintersoldier.web.fc2.com/wintersoldier.html

**************************************************

 以下もご覧下さい。

■高遠菜穂子さん「iraq hope diary」の記事
DVD『冬の兵士 良心の告発』
http://iraqhope.exblog.jp/10384537/

■TUP速報 791号
田保寿一の「冬の兵士」公聴会取材記録
http://groups.yahoo.co.jp/group/TUP-Bulletin/message/824

 また、DVD「冬の兵士」とは直接関係ありませんが、以下も、同じテーマを考えるのに有益だと思います。

■「イラク―米軍脱走兵、真実の告発」
ジョシュア・キー、ローレンス・ヒル(著)、井手真也(訳)
合同出版 (2008/08) \1,680-
(出版社紹介文から)貧しい人びとをだまして戦地におくる、アメリカ格差社会の現実。イラクでの蛮行の数々。そのすべてを元兵士が書いた。
 http://tinyurl.com/bvr2z3

■岩波文庫「ベトナム帰還兵の証言」(陸井三郎訳・編)
・歴史的名著ですが既に絶版。以下で復刊リクエスト中です。
 http://www.fukkan.com/fk/VoteDetail?no=24265
(どすのメッキー紹介文から)アメリカ政府が実施した政策を暴露するために、100人以上のベトナム帰還兵が、戦場で行った戦争犯罪を自ら告白した記録の要約。任意に設置できる自由発砲地帯、捕虜の虐待、ソンミだけではない村落の殲滅、農地の破壊、組織的な強姦、などの戦争犯罪を、アメリカ軍部は「上官の命令」として設定し、その遂行のために、兵士達を非人間化する体制をつくっていった。

| | トラックバック (0)

非人道的なアフガン増派「何故オバマは悪い戦争を拡大するのか?」

 オバマ大統領は演説が上手いといわれ、日本でも若い人が彼の演説を真似していると聞きますが、(発音の明瞭さは別にして)果たしてそうでしょうか。確かに、シンプルな語彙を組み合わせてイデオムを作り出す才能はありますね。「One President at a Time」とか「bad war」とか。でも、わたしには、詭弁が上手いとしか感じられません。

 2月17日、オバマ大統領は、国防省で行われた会見で、8月の大統領選挙までの治安維持を名目に、アフガニスタンへ1万7千人以上の増派を承認したと発表しました。これでアフガニスタンだけでも5万5千人の米軍部隊が駐留することになります。しかも、この増派は一時的なものではなく、さらに増える可能性が濃厚です。イラクでの戦争は「愚かな戦争(bad war)」として撤退するが、アフガニスタンの戦争は「よい戦争」として推進する。ここに何ら進歩的な価値観を見出すことはできないでしょう。アメリカのメディアの一部にも、アフガニスタンはオバマのベトナムになるのではないか、といった危機感が見られるようになりました。

 21日には、ペロシ下院議長が議員団を率いてアフガニスタンを訪れ、アフガン「復興」とテロ対策強化に主眼を置いた米国の「新戦略」をカルザイ大統領に伝えたそうです。これがいかに一方的なものかは、後述しましょう。

 しかし、必ずしも増派がスムーズに展開できる情勢でもありません。NATOはアメリカの基本方針に賛成しながらも、具体的に自国の兵を送ることには慎重ですし、中央アジアのキルギス議会は19日、アフガニスタン作戦の重要拠点マナス米空軍基地を閉鎖する法案を可決しました。そこで圧力が高まると予想されるのが、ほとんど無政府状態の日本です。アフガニスタンの戦争拡大を止めるために、日本の運動の努力が今求められています。

 以下は、AlterNetの記事ですが、これを読むと、アメリカ政府やアメリカ軍が、兵士をいかに非人道的に扱っているか、そしてその結果アメリカ社会全体が病弊をかかえるようになってしまったかが分かります。

 そろそろ幻想から醒めなければなりません。

**************************************************
■何故オバマは悪い戦争を拡大しようとするのか?
【Why is Obama Poised to Escalate a Bad War?】
 http://tinyurl.com/cexnoj
(上記URLは、TINYURLで短縮したもの)
( By Daniel Smith, 21/Feb./2009. Alter Net)

 アフガニスタンについて、先週ロバート・ゲーツ国防長官は、この春までに1万5千人以上の増派を行うペンタゴンの提案をオバマ大統領に伝えました。オバマは、アルカイダとタリバンの反政府分子に対するたたかいに軍を増強するという彼の選挙公約の「頭金」として、その計画を了承すると思われます。この増派規模は、前線の指揮官の要求に対し約半分に過ぎません。ゲーツは、すぐに新しい要求を持って帰るでしょう。

 この決定は、オバマ自身の選挙公約であるにしろ、オバマの支持者の多くを戸惑わせました。この決定は、アメリカにもアフガニスタンにも配慮を欠いています。結局、アメリカの「重大な国益」は全く考慮されていません。ジョージ・W・ブッシュ大統領は2001年9月11日の報復として軍事力の行使を選択しました。そして、外国軍がアフガニスタンに留まる限り、アフガニスタンの人々と政府は、彼らの伝統に基づいた主権を完全に行使しうることができないのです。

 また、この決定は、アフガニスタンで作戦の進捗を上げる事を期待されるアメリカの駐留兵や海兵隊にとっても、前向きな展開とは言えません。イラクの勢力から戦術を受け継いだ「反政府分子」によって、イラクでの恐ろしい代償がアフガニスタンでも繰り返され、二つの国で結びつくでしょう。

「頭金」として送られる兵力は、陸軍の2個旅団戦闘チームと海兵隊の1個部隊になるでしょう。もともとイラクに派遣予定でしたが、イラクの治安が「改善」し、アメリカ軍の規模が少なくて済むようになったので、アフガニスタンに行く事になった兵力です。1個部隊は、イラクでの展開に備えたトレーニングを終えており、すでに南アフガニスタンでベース・キャンプを設置する作業に入っています。

■悪い戦争

 アフガニスタンでの戦争は、「良い戦争(good war)」ではありません。それは、アフガニスタンにとって悪いだけでなく、アメリカの兵士にとっても悪い戦争(bad war)です。オバマは、ゲーツの要求に同意する前に、最近の3つの事態に対し注意深い検討を行うべきでした。

 1番目は、2008年に128人と言う記録的な数の兵士が自殺したと、陸軍がふたたび発表したことです。この記録的な数の代償をもたらした原因を議論するため記録を続ける用意をしていた者は、ペンタゴンには誰もいませんでした。さらに、記録されていない噂話の類はたいてい、金銭的、個人的、法的、仕事関連の問題が原因だと封じ込められています。しかし、誰かが記録を精査すれば、最近15か月間の複数の派兵経験、PTSDの発症数と自殺数との間に相関があるのは明らかでしょう。この4年間、自殺者の30%が兵役中に、35%が退役直後に命を絶っています。さらに、複数の作戦に従事した兵士におけるPTSD発症率は、初めての兵役についた兵士よりもはるかに高いのです。

 2番目は、帰還兵の家庭で、家庭内暴力と離婚率の増加が見られる問題です。数か月間、ペンタゴンも知っている通り、兵役についた女性の3分の1が、セクシャル・ハラスメントの被害にあったと告発しました。先週、CBSは、2回に分けたレポートで、全国的な警察の統計によれば、家庭内暴力の50%のケースで、少なくとも一方は軍隊の経験があることが明らかだと伝えました。この10年間で、約90人の女性が殺されています。

■標高に関する問題

 3番目は、アフガニスタンの特殊な地理的条件に関する問題です。アメリカは、増軍の基地をアフガニスタンで極めて起伏が大きく標高の高い場所につくる計画です。厳しい環境にもかかわらず、兵士一人ひとりが運ばなければならない武器と保護具の重量は、典型的な3日間の作戦でも130ポンドから150ポンド(【訳註】約59~68kg!)に達します。わたしは、歩兵隊の小隊長としてでさえ、これに匹敵する重量を訓練で「強行軍」として運べなどと命令したことはありません。これは、海軍省が2007年に示した海兵隊一人当たりの推奨携行重量50ポンド(【訳註】約23kg)の実に3倍です。標高が高く酸素の薄いこと、車が一部使えない起伏の激しい地勢と相まって、必須と見られている装備の重量は、任務からの撤退を促す新しい種類の緊張を作り出すでしょう。2007年、アメリカ陸軍は、筋肉または骨格の変形や破損など、25万7千件に及ぶ急性の整形外科的負傷を記録しました。この数字は、2006年より1万件増えています。

 このままでは、物理的あるいは精神的ストレスから、もっと深刻な場合「永久に配備できない」おそれがあるため、オバマがアフガニスタンに派兵しようと計画している数を現在考えている数よりさらに増やして、歩いて兵器を運ぶ人員を陸軍にもう一度選び出し直させることになるかもしれません。その結果、多くの兵士がPTSDに苦しむでしょうが、助けを求めるのを潔しとしないのが、「戦士の文化」のひとつなのでしょう。

 アメリカ市民は、退役兵が、何度も何度も、彼らが強いられる必要のなかった経験によって、精神的にも身体的にもダメージを受けて家に帰ることに疲れきっていました。その経験が、オバマが大統領に選ばれる要因のひとつになりました。しかし、オバマがこの方針を変えないならば、「ブッシュが忘れた戦争」は早晩「オバマの戦争」に変わるでしょう。そして、アフガニスタンの民間人とアメリカ兵がこうむるあらゆる損害に対し、ブッシュと同様、オバマも責任を負わなければならないでしょう。

(仮訳どすのメッキー 23/Feb./2009)
**************************************************

 国連が発表した報告によれば、2008年、アフガニスタンの戦争で殺された民間人の数は40%も増加しています。昨年アフガニスタンの紛争の結果、2118人の民間人が亡くなりました。そのうち55%が反政府組織、39%が西側諸国の軍隊による犠牲者です。さらに、外国軍に殺された829人のうち、522人が空襲の犠牲者です。アフガニスタンのハミド・カルザイ大統領は、西側諸国の司令官と政治家に繰り返し空襲の中止を訴えましたが、以前チョムスキー教授がインタビューで指摘していた通り、聞き入れられませんでした。

 さらに、空爆は最近ではパキスタンに設けた基地を拠点とする無人機の攻撃によるものが増えています。無人機の攻撃は、軍にとっては安易に行えますが、民間人の被害がかえりみられていない、と国連は非難しています。

 また、アフガニスタンの治安の悪化によって、2008年には人道支援家も38人亡くなっています。ペシャワール会の伊藤和也さんも、残念ながらその一人になってしまいました。この犠牲者数は、2007年の約2倍です。

 イラクの治安改善は、イラク人自身の努力の結果であり、アメリカ軍の成果ではありません。アフガニスタンに外国人部隊が駐留する限り、安定も主権の確立もありえないのです。

| | トラックバック (0)

2009/02/22

ガザの家族への取材 「忘れるなんてできない」

 ガザの子ども達のトラウマが国連でも問題にされるようになりました。

 戦争がもたらす被害は、攻撃している間の人命の損失や物理的な破壊に留まりません。特に子どものときに体験した恐ろしいできごとから受けた心の傷を癒すのは、容易なことではありません。

 家を失い避難所となった学校で生活する家族の生の声を、UNRWAが「ガザの声」で紹介しています。そして、ここで紹介されているぞっとする体験は、おそらく氷山の一角にすぎないものです。

**************************************************
■「忘れるなんてできない。いつでも頭の中に甦ってくるんだ」
【I can not forget them, they are in my head all the time"】
http://www.un.org/unrwa/refugees/stories/2009/voices_from_gaza/testimonies01_feb09.html
(09/Feb./2009 UNRWA "VOICE OF GAZA")

~ El Fakhoura校に避難した家族へのインタビュー ~

 Testimonies01

 写真は、1月6日、El Fakhoura校の近くで起きた事件で亡くなった人達の葬儀

========================================

 Yusra Ragheb Al Talah(43歳)は、16歳から、まだ15か月まで8人の子どもの母親です。夫は西岸地区にいます。インタビューの最中、彼女はほとんど話さず、とても消耗しているようでした。

「わたしの家は、ベイト・ラヒアのアラタトラにありました。攻撃は18時ちょうどから始まり、戦車や飛行機から砲撃され、とても大規模なものでした。子ども達と家にいた時怖くてしかたありませんでした。

 わたし達は安全な場所を求めて部屋から部屋へ動き回り、とうとう1.5平方メートルの小さなトイレに身を寄せました。朝までそこにいましたが、隣の家をF16のミサイルが攻撃した時、私達の家は崩れて屋根が頭に落ちてきました。わたし達は皆、叫び声を上げ、もう死んだと思いました。近所の人が助けに来て、子ども達を別の家に連れて行ってくれるまでまで、わたし達はそこから動けませんでした。そこにいた3日間、食べ物はなく、子どもにパンをいくらかやっただけでした。わたし達を避難させてほしいと、藁にもすがる思いで赤新月社に電話をかけましたが、救援は来ませんでした。イスラエルがそれを妨害したのだと言われています。彼らがしてくれることと言えば、白旗を掲げて自分で出てくるよう通告することだけです。

 わたし達は、泣き叫んでいる15か月の娘も含め、皆白旗を掲げて出て行きました。わたしはその娘を抱いて歩いていましたが、戦車に近づいたときつまづいて幼い彼女を落としてしまったのです。わたしは彼女を助けあげることができませんでした。道路は完全に破壊され、歩くことができませんでした。わたしはたいへん落ち込んで、気が遠くなりそうでした。近所の人達が、わたしに手を貸し、子どもを連れて行きました。

 戦車はわたし達への砲撃をやめなかったため、西の合流地点に着き、Al Fakhora校に避難するまで、歩きながらずっと脅えていました。」

 しかし、学校では更に悲劇が待っていたのです。

「わたしは、子ども達にサンドウィッチを作っていました。その時、ミサイルが学校のすぐ近くに着弾したのです。わたしは、とても脅えている子ども達を傍に集めました。わたしは、子ども達を抱いて、再び砲撃が始まったことを感じました。窓の外を見ると、通りには殺された人の遺体が横たわっていました。

 攻撃がやんだと聞いてから、わたしは自分の家を診に行きました。すべてが燃え尽きて、何も残っていないのを見て、ショックを受けました。イスラエル軍は、わたしに何ひとつ残してくれませんでした。それ以来、わたしはほとんど口を利けなくなってしまいました。

 子ども達は、とても落ち着かず、小さな物音にもじっとしていられなくなります。子ども達は、父親と別れ、住む家も部屋も、読む本も失くしました。これまでの生活いっさいを失くしたのです。しかも彼らはまだほんの子どもです。このような扱いをされるべきではありません。もう子ども達はずっと年をとってしまったかに感じます。

 子ども達も家を見に行きました。わたし達は、これほどの損害だとは予想していませんでした。わたし達は皆ショックを受けました。子ども達が大事にしていた本や服を持ってこれると期待していたのに、何一つ残っていませんでした。すべて燃え尽きていたのです。子ども達もそれ以来、あまりしゃべらなくなりました。

 まだ7歳や5歳の子どもが自分の家が燃え尽きたのを見た時、どんな風に思うか想像できますか?」

========================================

Abdallah El Najar(8歳)は裸足で遊んでいました。わたしは廊下で彼と会いました。彼は困惑しながら話してくれました。

「僕の家は完全に壊されてしまった。お母さんが僕達のお昼ご飯を作っていたときだった。僕たちは、靴もはかないで全力で走ったよ。大声で叫びながら。

 僕は、あのときのことを絶対忘れない。家を見に戻ったのに、何もないんだ。すごく悲しかった。僕の服、ベッド、毛布、かばん、本、靴、すべて持ってくるつもりだったんだ。でも、ひとつも残っていなかった。」

========================================

Yasser Mohammed El Najar(37歳)は、11人の父親で、UNRWAのアシスタントを引き受けていました。

「わたしの家がF16のミサイルで木っ端微塵になったのは、イスラエルの作戦が始まって2日目のことでした。子どもと一緒に命からがら逃げました、そして、すべてを失いました。

 わたしは、私達の家族に割り当てられた学校に来て、教室で他の家族と一緒になりました。大人の男は、他の家族が寝る場所をつくるために、夜はよく外で寝たものです。ひとつの部屋に115人が同居していたのですからね。

 わたし達はそこが安全だと思っていましたが、隠れる場所はどこにもありませんでした。3個のミサイルが学校の近くに着弾した時、わたしの子ども達は遊び場で遊んでいたのです。目の前で人々が殺された体験を思い出すのは、大人の男にとってもとても辛いことなので、わたしは何も思い出せません。とても辛いのです。わたしは今あなたと話をしていますが、自分がまだ生きていることさえ信じられません。ミサイルが着弾したとき、わたしは子ども達を捜しに駆け下りて、遺体を見渡して、そう手足や他の肉片を、わたしの子ども達の誰かだと特定できる焼け焦げた遺体を探したのです」

========================================

Ahmed Yasser El Najarは、10歳で、小学3年生でした。

「ミサイルが学校の横に落ちて、僕は怪我をしました。榴霰弾で足をやられたんだ。死体を見て怖くなって泣きました。彼らを忘れることなんてできない。いつでも僕の頭の中に甦ってくるんだ」

(仮訳どすのメッキー 22/Feb./2009)
**************************************************

| | トラックバック (0)

「あなたの夢はわたしたちの夢です」  西岸の子ども達から愛をこめて

 「貧しい者だけが君にパンを与えるだろう」

 わずか2か月余ではあったが、世界史上初めて労働者と市民の政府を実現したパリ・コンミューンを描いたブレヒトの劇「コンミューンの日々」の終幕で歌われる、林光さんの劇中歌「すべてか無か」の一節です。

 18歳でこの歌を歌う機会に恵まれて衝撃を受けてから、この言葉への確信は一度も揺らいだことはありません。

 そして今、対テロ戦争が開始されてから、未曾有の殺戮にさらされてきたアフガニスタン、イラク、パレスチナの人々に、殺す側の人々と対照的な「貧しい者」の輝きを見るのです。

 少し古い(2月9日)ですが、UNRWAのサイトから、子ども達の奮闘を伝える記事を紹介します。

**************************************************
■ガザへ愛をこめて
【To Gaza with Love】
http://www.un.org/unrwa/refugees/stories/2009/ToGazaWithLove_feb09.html
(9/Feb.2009, WEST BANK, UNRWA)

 イスラエルの3週間の攻撃によってガザに惹き起こされた深刻な人道危機の衝撃的な映像を見たり、報告を聞いたりして心を動かされなかった人はほとんどいません。ベイト・ハニナにあるロザリー・スクールの生徒達を突き動かしたのも、これらの映像でした。すべてを失った人もいるガザの人々の苦しみを和らげようと、ある女子校の生徒達が、ガザに足りない最も基本的な物資を集めようと考えました。

 このアイディアは、他の生徒や教員達からも熱い支持を集めました。実現のための具体的な問題が解決されると、基本的な物資すべてを保証できるように、クラスそれぞれに、毛布、小麦粉、缶詰など、決められた物資を集める仕事が割り当てられました。UNRWAも学校から協力を求められ、救援物資の輸送と配布をとりしきることに同意しました。

 率先的な取り組みが広がるにつれ、エルサレムやヨルダン川西岸地区のほかの学校も人道支援にぜひ加わりたいと申し出ました。

 西岸地区じゅうの学校は、寄付された物資を仕分けし、UNRWAのトラックに積み込むのを助けるために小学生やその両親、そして他のボランティア達が集まる寄付センターに変わりました。そして、生徒達はついにトラック9台分の物資を集めたのです。

 ガザへの支援物資を集めるに奔走したのは学校だけではありません。孤児院から女性の訓練センターまで広範な団体と社会的ネットワークが同じように物資を集めたのです。シュア・ファット難民キャンプで生活する人々はトラック4台分の物資を寄付しました。

 集められた物資は、命を繋ぐための物理的な栄養と温かさ以上のものを、受け取る人々に伝えます。これらの物資は、強い連帯と共感のあらわれに他なりません。

 食糧や毛布に添えて、ロザリー・スクールの生徒達は、ガザの人々に手紙を託しました。手紙には、愛、夢を分かち合うこと、そして統一への願いが綴られています。

Togazawithlove_2

「わたしの手紙があなたの傷を癒すことはできません。それでも、せめて、わたしの魂はいつもあなたと一緒にいるのです」一人の生徒は、こう書いています。

「あなたの夢はわたしたちの夢です。一緒に希望を築いていきましょう」一言そう書いた生徒もありました。

 ガザ回廊に住む市民は、イスラエルの攻撃が終わっても、深刻な人道危機に苦しみ続けています。20か月に及ぶ封鎖は今も継続され、最低限のニーズを満たすための人道支援さえ厳しく妨害されています。包囲されたガザ地区に入るすべての検問所が開かれなければ、危機に適切に対応できるはずはありません。

 こうした厳しい状況にかかわらず、分離された西岸の生徒達からガザの同胞へのこうした寄付やメッセージに見られる連帯と共感の行動は、実用的な意味でニーズに応えたと言うだけではなく、封鎖によるガザの孤立と絶望をはねかえす力になっているのです。

(仮訳どすのメッキー 22/Feb./2009)
**************************************************

 今日本でできる支援先の例を以下にあげます。もちろん、これだけではありませんので、ぜひネット等で検索してみてください。

■パレスチナ子供のキャンペーン ガザ緊急支援活動ご協力のお願い
 http://ccp-ngo.jp/bokin-gaza.html

■JVC 「爆撃を受けたパレスチナ・ガザ地区への緊急医療支援を開始します」
 http://www.ngo-jvc.net/jp/projects/palestine/200812gaza.html

■ユニセフ ガザ人道支援緊急募金
 http://www.unicef.or.jp/kinkyu/gaza/2009.htm

| | トラックバック (0)

2009/02/18

「空を飛ぶ靴」が歌になりました

 以前ご紹介した拙詩「空を飛ぶ靴」に、ヤスミン植月千春さんが、曲をつけてくださいました!ヤスミンさんのサイト

 http://www.yasemin.info/

の「ライブラリ」のページ
 http://www.fiberbit.net/user/yasemin/library.html#225

でオンライン配信されています。

 「空を飛ぶ靴」と言う題名は少しロマンチックすぎるかもしれません。でも、わたしは、この詩に告発ではなく、希望と共感の思いをこめたかったのです。

 ヤスミンさんは、明るく凛とした曲と演奏でこの詩に生命を与えてくださいました。まさか歌になるとは(しかもヤスミンさんの手で!)夢にも思っていなかったので、字数もばらばらでさぞご苦労されたと思いますが、最初に聴いたとき、「この世に正義と言うものがあるなら」のリフレインのところで涙が出てきてしまいました。

 この歌が皆さんにとっても希望の歌となり、イラクやパレスチナや、今「靴」を必要としている世界中の人を思い出す助けになれば幸いです。

 このページには、他にも、「レイチェル」「もう泣かないでいいよ」など、胸を揺さぶる弾き語りがアップされています。レイチェルは、ガザに侵攻してきたイスラエルのブルドーザーを止めようとして、その前に立ちはだかりひき殺されたアメリカ人女性です。

 わたしが、パレスチナ人としてでなく、日本人として生を受けたのは偶然に過ぎません。わたしは、なまぐさとはいえ、仏教徒なので、殺された人々は、前世では兄弟だったかもしれない、とも考えます。そうすれば、どのような国の人に降りかかる悲惨も他人事ではありません。もちろん、日本の中でも同じようなケースはいくらでもあり、わたしが殺されもせず、殺しもしていないのは、わたしの努力やまして人間性のせいではなく、偶然にすぎません。できることはわずかでも、すべての命に対する共感を忘れないようにしたいと願っています。

【お詫び】最初のUPでレイチェル・コリーさんについて、「戦車を止めようとして」と書いてしまいました。これは「ブルドーザーを止めようとして」の誤りです。命をなげうったレイチェルさんにも、ヤスミンさん、石橋行受上人にもたいへん申し訳ないことをしました。お詫びして訂正いたします。

| | トラックバック (0)

2009/02/17

「チェ・39歳別れの手紙」を観て

 先日、映画「チェ・39歳別れの手紙」を観て来ました。見終わって暫くは、辛くて言葉が出ませんでした。ゲバラがなそうとしてきたこと、そして実際になしてきたことに対して、あまりにも不釣合いな最期でした。

 この世の中は決して善なるもの、謙虚なものにいつも幸いがあるようにはできていません。

 ゲバラとその多くの同志は、そんな世界を変えようとしました。そして、救おうとした農民に裏切られて殺されました。ボリビアの農民は、単に軍の脅迫や懐柔に屈したというより、余りの貧しさゆえに、当時未来を描く想像力をも奪われていたのだと思います。

 「もしわれわれが空想家のようだといわれるならば、救いがたい理想主義者だといわれるならば、できもしないことを考えているといわれるならば、何千回でも答えよう。そのとおりだ、と」は、ゲバラの言葉の中でも最も好きな言葉です。理想は空想ややけっぱちとは違います。そうでなければ、同志に同じように命をかけさせることはできないでしょう。

 ボリビア潜入時、すでにゲバラの名はカリスマ化していました。ボリビア政府は、世論を有利に導くために、ゲバラの名前を出すタイミングを慎重にはかります。しかし、ゲバラ自身は、最後まで、カリスマをかさに仲間を統率することはなかったと思います。悲観にも楽観にも偏らず、どんな状況にあってもあるべき世界の姿がぶれずに見えていたからこそ、あの過酷な状況下で(脱落者はいたにしろ)ゲリラ部隊が崩壊することはなかったのではないでしょうか。

 ゲバラ達と地元の牧師が話をする場面がありました。牧師は、いかなる暴力にも反対だし、自分達が住む場所で暴力を行使してほしくない、と言います。それに対し、ゲバラ達は、権力が行う暴力は認めるのにか、と聞き返します。鉱山労働者がわずかな賃上げ要求のデモを行っただけで、無差別に虐殺される国で、消極的な非暴力主義は意味を成しません。

 わたしがこれまで主張してきたことと矛盾すると受け止められるかもしれませんが、革命前のキューバや、当時のボリビアの状況で、不正義に目を瞑り自己保身に走りながら暴力を否定することが果たして誠実な行動なのか。例えば、日本でも長らく暴徒と蔑まれてきた秩父困民党の蜂起のような出来事が、権力や国家が行う暴力と同じように括られることが果たして公正なのか、わたし達は回答を避けることはできないと思うのです。

 シンディが怒りを込めて語っていたように、正義の戦争などいうものはありません。戦争~それは国家が行うものです~は例外なく邪悪です。わたしは、人類がこれまで築いてきた土台の上に、現在、徹底して武力でない選択肢が模索されるべきだ、という考えを変える積もりは、全くありません。

 しかし、大国から貧しい国、権力から一般市民へ間のほとんど一方的な暴力の行使にあたっても、喧嘩両成敗の判断を機械的に下すことには抵抗を覚えます。平和を求める主張が、結果として権力の犯罪を既成事実化したり、虐げられた人々に最後の一撃の様な重荷を負わせることであってはならないと思います。まず、虐げられた人たちの声を聞くことが始まりでなければなりません。武力を行使せずに紛争を解決することの困難さを心に刻んだ上での、平和主義、戦争放棄であってこそ、値打ちが輝くように思うのです。

「硝煙の中に身をおきたい」としたゲバラの生き方を何らの留保無しで賛美することはできません。しかし、ラテンアメリカや世界の人民の解放のためにためらいなく2度も自分の人生を捧げた一途さ、たった一度だけ来日した際、靖国参拝の誘いを断ってヒロシマを訪れた倫理観、そして彼の根底に流れる温かさを否定することはできないでしょう。

 処刑される前夜、見張りの若いボリビア兵と交わす会話が印象的です。共産主義の国でも宗教はあるし多くの人は神を信じていると話すゲバラに、兵士は、あなたはどういう神を信じているのか、と尋ねます。するとゲバラは、「わたしは人間を信じている」と答えるのです。信じていた人に裏切られ、仲間を殺され、自分も間もなく殺されることが分かっているとは信じられない心の清澄さではないでしょうか。この言葉にゲバラが旅してきた人生が凝縮されているような気がします。

「わたしは人間を信じている」

| | トラックバック (0)

アレン・ネルソンさんを支えてください!「アレン・ネルソン基金沖縄」設立

「世界平和は米国がつくるものではない。国連に任せておけばいいものでもない。また、ヨーロッパから起こるというものでもない。ここに集まった皆さんの中からはじめるものだと思います」(アレン・ネルソン、2006/5/20)

 アレン・ネルソンさんが福井で講演をされたとき、小1になったばかりの息子も話を聞き、アンケートには「せんそうはこわいと思いました。ぼくは人を殺したくありません、(…云々)」の感想と、ネルソンさんの似顔絵をかいていました。

 ベトナム帰還兵のネルソンさんの話は厳しい話ですが、誠実で温かく、小さな息子の心にもしっかりと受け止められていました。ネルソンさんはこうして、日本で実に2000回を超える講演をしてきました。

 一方で、本国では、アメリカで最も貧しい国であるカンデムという都市に住んでいます、ここでは、暴力や麻薬売買などが頻繁に起こり、学校には教科書すらない状態だといいます。これにつけこんで学校では軍隊のプログラムが組み込まれており、兵士たちの重要な供給源となっています。親たちも麻薬犯罪に巻き込まれるよりはマシ、という理由でこのプログラムを消極的に支持しています。ネルソンさんは、貧しい子どもたちが金持ちの子どもに負けない学力をつけてほしいと、この街で私塾を開いています。

 そのネルソンさんが、今年1月、「多発性骨髄腫」というガンに侵されていることが判明しました。血液と骨髄の中でガン細胞が増殖する深刻な病気で、病状は予断を許さない状態だと聞きます。

 ネルソンさんの治療費を支援する基金が日本でも始まりました。以下ご紹介します。是非ご協力をお願いします。

**************************************************

「アレン・ネルソン基金沖縄」設立趣意書

元海兵隊員のアレン・ネルソンさんは、1995年の少女暴行事件に大きな衝撃を受け来沖されました。自らの体験に基づいて、戦争の真実を話し続け、13年間で沖縄・日本各地で2000回を超える講演活動を行って来られました。

そのアレン・ネルソンさんが、今年1月、「多発性骨髄腫」というガンに侵されていることが判明しました。血液と骨髄の中でガン細胞が増殖する深刻な病気です。ベトナムで米軍がジャングルを枯らすために散布した枯葉剤との関連が疑われています。アメリカには国民健康保険制度がなく、ガンの治療には莫大な費用がかかることが予想されます。

当基金は、ニューヨークで病気と闘っているベトナム帰還兵のアレン・ネルソンさんの治療を支援する会です。
全国各地でアレン・ネルソンさんへの支援が始まっています。私たち「アレン・ネルソン基金沖縄」でも募金の呼びかけをいたします。皆さまのご協力をお願いいたします。

2009年2月6日
「アレン・ネルソン基金沖縄」

事務局:新垣誠、古賀徳子、佐藤学、玉城直美
代 表:宜野座映子
Tel 090-8291-7134
eiko09730@water.ocn.ne.jp

◆振込先
琉球銀行 石川支店(501) 普通預金 470495
口座名 アレン・ネルソン基金沖縄 代表 宜野座映子

*皆さまからお寄せいただいた募金額は
ブログ(http://alenokinawa.ti-da.net/
にて随時ご報告させていただきます。なお、経費を最小限にするため、お礼状等の送付はいたしませんのでご了承ください。

◆呼びかけ人(五十音順)
新垣 繁信(沖縄県統一連代表) 新垣 誠(沖縄キリスト教学院大学教員) 新崎 盛暉(沖縄大学名誉教授) 石原 エミ(FM21パーソナリティ)石原 昌家(沖縄国際大学名誉教授) 糸数 慶子(国会議員) 垣花 豊順(弁護士・琉球大学名誉教授) 鎌田 隆(沖縄国際大学名誉教授) 金城 睦(弁護士) 宜野座 映子(アレン・ネルソン基金沖縄代表) 古賀 徳子(アレン・ネルソン友人) 崎山嗣幸(沖縄平和運動センター代表) 佐藤 学(沖縄国際大学教員) 高里 鈴代(基地軍隊を許さない女たちの会) 玉城直美(沖縄NGO活動推進協議会事務局長) 真喜志 好一(建築家) 村椿 嘉信(石川教会牧師) 山内 徳信(国会議員) 山城博治(沖縄平和運動センター事務局長)

アレンさんのプロフィールなどはhttp://henoko.ti-da.net/e2345256.html に掲載しています。(長文です。)

| | トラックバック (0)

2009/02/15

米航空機事故:ビバリー・エッカートさんを悼む

 コンチネンタル航空3407便が12日午後10時20分(日本時間13日午後零時20分)ごろ、目的地のニューヨーク州バファロー近郊の住宅街に墜落し、乗員乗客49人全員と地上にいた住民1人の計50人が亡くなりました。もちろんそれ自体悲惨な事件ですが、犠牲者の中に、911で夫をなくした女性が含まれていたというニュースが、さらに大きな衝撃を与えました。

 911直後、報復支持の嵐が吹き荒れる中で、平和な明日を求める911遺族会(名前が決まり完全に組織化されたのはだいぶ後ですが…)の活動は、わたし達を含め世界中の平和を求める人たちにとって、道徳的、理論的支柱であり、人間そのものの本質に関する希望の灯りでもありました。

 ビバリー・エッカートさんは、911報復としての対テロ戦争に反対していただけでなく、核兵器を含む大量破壊兵器の使用にも反対し、日本の被曝者とも連帯して、広範な意味での平和運動に人生を捧げていました。テロに愛する人を殺されて、その直後から平和を訴えるというのは、こう文章に書くほど簡単なことではありません。しかし、怨みに怨みを持って応えるのではなく、慈悲を持って応えよというのは、古くブッダが説いた教えでした。

 被害を受けたら、それ以上の報いを個人として、あるいは国家として与えるのが当然であるかのような風潮が強まっている日本で、ピースフル・トゥモロウズの思想と実践は益々輝きを放つ存在であり続けるでしょう。

 慎んで哀悼の意を捧げ、彼女の遺志を心に刻みたいと思います。

 以下は、ピースフル・トゥモロウズのサイトに掲載された弔文です。

**************************************************
■911遺族会の提唱者ビバリー・エッカート、バッファローでの飛行機事故の乗客に
【9/11 Family Advocate Beverly Eckert a Passenger in Buffalo Airliner Crash】
http://peacefultomorrows.org/article.php?id=929

 ピースフル・トゥモロウズは、2月12日(木)、バッファロー近郊で起こった飛行機墜落事故で悲惨に亡くなったビバリー・エッカートのご遺族に対し、また、この事故で愛する人を失ったすべての遺族の皆様に、心から哀悼の意をあらわします。ビバリーの夫、ショーン・ルーニーは、2001年9月11日、世界貿易センターへの攻撃の犠牲となりました。

 エッカートさんは、ピースフル・トゥモロウズと私達会員の多くにとって、かけがえのない友人であり同志でした。「911の声(Voices of Sept. 11)」の共同議長だったビバリーは、本当に愛らしく、知的で思いやりのある女性でした。彼女は、この世界をより良いものにすることに没頭していました。ちょうど1週間前、オバマ大統領と911遺族会との会合に出席したばかりでした。エッカートさんは、そこで、グアンタナモ収容所を閉鎖する大統領の政策に支持を表明することが目的でした。彼女のボランティア活動は、地元の学校の教員を2年生とともに支援するだけでなく、ハビタット・フォー・ヒューマニティの活動にも及んでいました。さらに、彼女は、911委員会の設立を助け、大量破壊兵器に反対する911遺族会のメンバーでした。

 ビバリーは、彼女を知る人すべてに愛されており、わたし達は、彼女を失ったことに深い喪失感を味わっています。

(仮訳どすのメッキー 15/Feb./2009)
**************************************************

|

2009/02/14

ハマス排除に固執する限り、ガザの復興はあり得ない!

 一方的「停戦」から4週間が経ちました。

 検問所の封鎖は続いていますし、イスラエル軍の攻撃もこの間止んだわけではありません。しかし、メディアの関心は、もうガザからは離れてしまったかに見えます。

 一方的に破壊をほしいままにした後、その責任の所在が明らかにされないままの「復興」という言葉をきくたび、行き場のない憤りに心を燃やされてきました。

 ガザは今なお、本格的な復興の着手さえままならない状態です。それは、破壊が余りに徹底的で復興に必要な物資や資金の見当がつかないというだけではありません。何を置いても国際社会が一致して取り組まなければならない支援よりも、政治的思惑が優先されているためです。

 1月28日、ジミー・カーター元アメリカ大統領は、アルジャジーラの取材に答え、ガザを統治するハマスを除外した和平プロセスはあり得ないことを明確に主張しました。また、政権奪取後ハマスがイスラエルに対する攻撃をやめ、停戦協定をほぼ守っていたとも指摘しています。しかし、オバマ新大統領は、少なくとも就任1か月は、ブッシュ前大統領の中東政策をそのまま受け継ぎ、ハマス排除を前提とした支援しか考えていないようにしか見えません。

 もともと現在のガザの問題は、2007年民主的な選挙で選ばれたハマスを国際社会が認めず、アメリカとイスラエルがパレスチナの統一にまで介入し、ハマスの排除をはかった延長線上にあるのです。政治的介入あるいは封鎖による兵糧攻めで「パン屋は半分が店を閉じてしまいました。残りの半分も、家畜飼料でパンを焼いている有様」になってもガザの人々が屈しないと分かった末、「ガザの一角を爆撃して地図から消し去る」ために始めたのが昨年末からの虐殺でした。

 一刻を争う支援をスムーズに行うためだけではなく、アメリカ始め国際社会がハマス排除の方針を改めない限り、再び同じ惨劇が繰り返されない保証はありません。

 以下、エレクトロニック・インティファーダの記事をお読み下さい。

**************************************************
■反ハマス政策がガザの復興を妨げる
【Anti-Hamas policies stymie Gaza recovery】
(By Ali Gharib, The Electronic Intifada, 10/Feb./2009)
 http://electronicintifada.net/v2/article10296.shtml

 ガザ地区を再建する切迫した要求にもかかわらず、多くの人にそれがパレスチナの領土を再統一し、イスラエルとの間で2国間の和平協定を結ぶ鍵と見なされているため、アメリカと国際社会は古いやり方、つまり政治的要求を譲らない政策に固執し、進捗を妨げているように見えます。

 イスラエルが3週間にわたる攻撃をする前でさえ、150万人の住民の8割は最低限の生活を送るのにも支援に頼らなければならない状態だと報告されていました。

 去る12月から1月にかけた大規模な空爆、地上や海上からの攻撃によって状況は悪化し、一層の人道支援とともに破壊されたこの地区を再建する緊急性が高まりました。

 しかしながら、どれだけの支援が、とりわけアメリカからの支援が、かたく閉ざされた360平方キロの回廊に、戦争と貧困に虐げられた人々に届くのか分かりません。あるアナリストは、復興にはとても時間がかかると言わざるをえませんでした。

 ガザの境界と海岸線は、イスラエルとエジプトによって管理されています。過激派のハマスがそこで権力を握って以来18か月間、ほぼ完全な封鎖が強いられ、パレスチナを政治的、経済的、社会的に分割させています。

 ハマスが実権を握って以来、アメリカ、イスラエル、そして国際社会の多くは、ハマスを孤立させ、そのライバルであり、ヨルダン川西岸地区でパレスチナ自治政府を支配するファタハを支持する政策をとりました。しかし、ガザは全く動じませんでした。

 それにもかかわらず、パレスチナ自治政府のマフムード・アッバス議長との会合の後に強い支援を約束したイギリスのゴードン・ブラウン首相は、ガザの人々と、著しい被害を受けた地域のために基金を作り支援を行うよう国際社会に呼びかけました。

 しかし、アパート、道路、病院、大学、水道設備、民間商業施設など広範囲で様々な目標を破壊しつくした攻撃の後の復興は、ハマスを主流から追いやりファタハのパレスチナ自治政府を強化しようとする政治的プロセスの下で行き詰っています。

「これは、パレスチナにおけるハマスとファタハとの全面的な政治上のたたかいのひとつです」と、ブルッキングス研究所の、米国の中東及政策及び和平プロセスの専門家タマーラ・コフマン・ウィッツは語りました。

 実際国際社会にとって、ガザ地域の復興支援は、パレスチナ人に善意を示すよい機会となるでしょう。しかし、ハマスを束縛し否定しようとしているため、とくにワシントンがその好機にあずかる可能性は見通しが立たなくなっています。

 アメリカに限らず国際社会の多くにとってもまた、ガザの復興に取り組むのは容易ではないでしょう。

 2007年6月、ハマスがガザ地区を実効支配してから、ロシア、アメリカ、国連、ヨーロッパ連合から構成されるカルテットは、この地区への支援を続けるために、ハマスに対し条件を提示しました。イスラエル建国を認めること、これまでの和平協定を尊重すること、暴力行為を放棄することの3つですが、このような条件は合意にいたりませんでした。パレスチナの統一は失敗し、支援はパレスチナ自治政府のみを通して行われてきました。

 今、アメリカはガザへの支援、とくに復興への計画には直接関わらず、新政権のバラク・オバマ大統領はハマスを孤立させるというジョージ・ウォーカー・ブッシュの政策を引き継いでいるように見えます。その方針は、ガザ地区住民への集団懲罰として受け止められており、復興開発への主要な障害となっています。

 和平プロセスを進める上で、アメリカの強力な役割とパレスチナの統一が不可欠と見なされているため、この問題はきわめて重大です。

「今日、アメリカの優先事項は、アメリカに対する信頼の回復です。眼目は、アメリカの行動が現実に影響力を持つ点において信頼性を回復することなのです」と、ビル・クリントン大統領時代の中東担当特命全権公使を務め、現在国際危機グループ【訳註1】に参加するロバート・マーレー【訳註2】は述べました。

「私達は、私達、アメリカ、イスラエル、パレスチナ、そしてアラブ諸国、それらが共同して行ったハマスやガザへのアプローチの失敗を認めなければなりません。」マーレーは、ハマスに同じ立場を飲ませることは必要ではなく、むしろ「微妙に異なる実践的な地位」を与えることを主張しました。

 アメリカ政府が中東問題にどう対処すべきか議論された先週の討論会で、マーレーは、ガザの復興、「ガザの人々を助ける大規模な努力」は、アメリカ政府が何を約束するかに先立って、和平プロセスを重視する強くて新しいアメリカを実現する方法になるかもしれない、と語りました。

 しかし、支援の推進は無数の障害に直面しています。ガザで唯一機能している政党であり権力機構と交渉する上で、最も重大なのは、イスラエルによる封鎖がまだ続いていることと、ハマスの支配に対する反応、ハマスが続けている公的な排外主義への反対です。その結果、関係国の一部、カルテットのメンバーや特にやかましいアメリカを排除することに繋がっています。

「ガザの復興に着手するには、いろいろな選択が考えられるが、アメリカの選択肢は多くない」アメリカの6人の秘書の下で高級アドバイザーを歴任し、現在ウッドロウ・ウィルソン・インターナショナル・センター・フォー・スカラーズ【訳註3】に勤務するアーロン・デヴィッド・ミラー【訳註4】は述べました。

 ミラーは、ハマスへいかなる物資の支援も認めない米国の法律と、「イスラエルの攻撃の直後でもハマスの強化に繋がることは一切しない」というアメリカ政府の政策を指摘しました。

「マーレー氏の言うように、大きな信用を作り出し、この状況に信頼を注ぐことが、ガザの問題をめぐる私達の影響力を高めるひとつの方法だと思います。」ミラーはIPSに語りました。「でも、そうしないし、できないでしょう。パレスチナ人にとって無益なこれら政治的問題のせいで、ガザを復興するあらゆる努力が足止めを食らうことになるでしょう。」

 イスラエルがガザの検問所を支配しているために、復興支援は、アメリカの手腕が試される仕事です。ガザ回廊の境界の中をハマスが支配している中で、イスラエルは大きな復興物資を運び込むことに難色を示しています。例えば、鉄鋼は復興に不可欠ですが、ハマスの能力を強化し、武器の材料を供給しているとさえ見られます。

 ブルッキングのアナリスト、ウィッツによれば、イスラエルが封鎖を始めた後でも、アメリカ支援の中にも国連を通して時々ガザに届いているものがあります。

 国連は直接的な支援を広げています、と彼女は言いました。時には、ガザの公務員の銀行口座にヨルダン川西岸地区から直接電信送金を送ることまで行っています。

 それでも、その種の支援にさえ疑問を呈する人もいます。「政治的対立の下ではいつも、人道支援が政治的争点の種になり得るのですから。」ウィッツはIPSに語りました。
 ウィッツは、食糧や、医薬品、そのほか人道物資の支援に比べ、復興支援がかなり複雑なのは本当だと述べました。「ガザの復興に関わる一連の問題は、難易度が異なるのです。現金の支援はさらに難しい。」

 どうやってガザに現金や物資を運び込むか策を練っているのはアメリカだけではありません、と彼女は言い、アッバス議長のパレスチナ自治政府を通して行われるサウジアラビアの総合的支援計画を引用しました。

 しかし、アメリカの限定された支援、カルテットを構成する国々がハマスを承認しないこと、アッバス側にのみ約束したイギリスの支援などを考えれば、すべてとは言わないにしても、パレスチナ人には、国際的支援計画のほとんどが、多くのパレスチナ人に堕落したと評価され、ミラーに言わせれば地に足が着かずガザにはいないも等しいファタハを通ることが運命付けられているのです。

 マーレーが言った「和平の前提条件としてのパレスチナ統一の必要性」と、分断的な国際政策が続ければ、結果としてガザの復興が妨げられることを認めることこそ、和平プロセスのためのより深い示唆を含んでいるかもしれません。

(仮訳どすのメッキー 14/Feb./2009)
**************************************************

【訳註】

1:ICG(International Crisis Group)現場調査に基づいた分析と高度の政策提言を通して致命的紛争を解決する目的で設立された、国際的非政府組織。本部はブリュッセル。
2:オバマ政権で国家安全保障政策アドバイザー。
3:ウィルソンは、アメリカの第28代大統領。「14か条の平和原則」を発表し国際連盟設立に貢献したが、アメリカ自身は議会の反対で未加盟。政治学者でもあり、研究実績に基づく博士号を得た唯一の大統領。センターは大統領を記念して1968年に設立された民間研究団体。
4:共和党と民主党の両政権の下で中東特使を務めた。2008年末、中東和平プロセスについて「The Much Too Promised Land(過度な約束の地)」を出版。

**************************************************

 ガザの人々を苦しめ続けるバリケードは、地理的な境界だけにあるのでありません。むしろ、更に巨大で醜悪なバリケードが国際社会と、わたし達の心の中にあることを忘れてはならないと思います。

|

2009/02/12

ヤスミン植月千春さん「We Will Not Go Down」弾き語り

 どんな権力者も、抵抗の歌を取り上げることはできません。第二次大戦下のユダヤ人ゲットーの人々、民主化前の韓国で石つぶてとなってたたかった人々、そしてチリ・スタジアムのビクトルハラ、わたし達は、いくらでもその例を思い出すことができます。

 そして、マイケル・ハートやユスフ・イスラムなどがガザを思う歌が、いろんなところで取り上げられるようになり、歌の力と言うものを改めて感じています。

 マイケル・ハートの歌「We Will Not Go Down」を、尊敬するヤスミン植月千春さんが日本語の弾き語りで披露されています。ヘンリー・オーツさんが、カフェ・トーク「イラクとパレスチナⅡ」での演奏の模様を、YouTubeに動画でアップしてくださいました。

 歌は直接政治を変えることはできません。でも、それに接する一人ひとりを変えていくことによって、もっと強いやり方で世界を変えていきます。

 メディアでガザへの関心が薄らいでいるように見える今こそ、この歌を歌い広げましょう。

 We will not go down!

 ※カフェ・トークのレポートは、こちら↓
 http://henrryd6.blog24.fc2.com/blog-date-20090201.html

| | トラックバック (0)

空を飛ぶ靴

 昨年12月14日、ブッシュに靴が投げつけられた時、わたしは心で喝采をあげたが、正直世の中がどういう受け止め方をするか不安だった。
 しかし、それは杞憂だった。バグダッドで記者の釈放を求めるデモがあったのを皮切りに、あれ以来、靴は歩くための道具だけではなく、世界中で抵抗のシンボルとして、名誉ある昇進を果たし続けてきた。

 ムンタダ・アル・ザイディ記者の投げつけた靴を製造しているイスタンブールの靴屋には、事件から2週間の間に世界中から37万足もの注文が殺到し、この不況下に100人の臨時職員を雇うほどの盛況振りと聞く。しかも、37万足のうち1万9000足は米国からの注文だったというからおかしい。

 しかし、この英雄は、外国指導者を「攻撃した」ことで起訴され、15年の禁固刑を求刑されている。しかも、憂慮されたとおり、投獄中に虐待されているらしい。ありとあらゆる残虐兵器を使って、今日現在IBCの統計で少なくとも90647人の民間人を殺害した責任者が処罰されず、当たってもブッシュの頭で軽い音をたてる程度で生命に別状はないわずか300グラムの靴を投げた人が有罪とは。

 そんな靴をたたえた記念碑ができたと、山本史郎さんのURUKニュース

  http://geocities.yahoo.co.jp/gl/uruknewsjapan/view/20090211/1234355397
 http://www.geocities.jp/uruknewsjapan/index.html

で知った。

Alg_bronzeshoe

 イラクの人たちは、もともと良く笑う笑顔の素敵な人たちだった。しかし、2002年3月19日以後、ニュースで見たイラク人の笑顔と言うのを思い出せない。残念ながら、この像は後に公開禁止になったらしいが、本当に久しぶりにイラク人の笑顔に出会えた。靴から溢れる緑に、どんなに蹂躙されても未来を信じる不屈の希望を見る思いだ。

 オバマ大統領が公約した16か月の撤退期限は早くも実現を疑問視されているが、オバマがブッシュ政権から決別するというのが本気なら、ザイディ記者の処遇を、選挙で意思を示したイラク国民に委ねるべきだろう。

***********************************************

 空を飛ぶ靴

僕らは靴を通して大地を踏みしめる
祭りで足を踏み鳴らすとき
恋人と抱擁を交わすとき
倒れた友に駆け寄るとき
靴は僕らと同じ距離を歩いてきた

今、靴は体を離れて空を飛ぶ
歩いていては間に合わない場所へ
僕ら自身ではないのに僕らの行く先を決めようとする者へ
砂漠に曳かれたまっすぐな怒りの軌跡を
希望の緑で満たしながら

この世に正義と言うものがあるなら
それは靴だ
飾り立てた言葉の酔いを醒ます
言葉なき靴だ
国家と言う名前を背負った銃に立ち向かう
名もなき無数の靴だ

(12.Feb.2008 どすのメッキー)

| | トラックバック (0)

2009/02/01

ユスフ・イスラム、ガザの子ども達のためにジョージ・ハリスンをカバー

 イギリスのシンガー・ソング・ライター、ユスフ・イスラムが、ガザの人々を支援するチャリティソングを発表しました。

 ユスフがジョージ・ハリスンの最も充実していた時期の名曲をカバー、しかもクラウス・フォアマンが参加ときては、マニアには垂涎物ではないでしょうか。リボルバーにインスパイアされたジャケットもかっこいいです。

 この歌がきっかけとなり、多くの人にガザへの関心と理解が広がることを願っています。それにしても、そろそろ日本語でこういう歌は生まれないのか、と歯がゆく思うのは、わたしだけではないでしょう。

**************************************************
■ユスフ・イスラム、ガザの子ども達への歌を発表
【Yusuf Islam Releases Song for the Children of Gaza】
 http://www.un.org/unrwa/news/releases/pr-2009/jer_26jan09.html
(26/Jan./2009 UNRWA Press Release)

 とても有名なミュージシャンのユスフ・イスラム(かつては、キャット・スティーブンズと言う名で知られています)は今日、すべての売り上げを、ガザ地区で子どもと家族を支援するために、UNRWA(国連救済事業機関)と[NGOの]セイヴ・ザ・チルドレンに寄付するチャリティー。ソングを発表しました。

 曲目は、ジョージ・ハリスンがオリジナルの「ザ・デイ・ザ・ワールド・ゲッツ・ラウンド」で、レコーディングには、ボーカルのユスフと共に、第5のビートルとして知られるクラウス・フォアマンが参加しました。

 ユスフは、彼の歌が「人々が、人類の空しい戦争と偏見を見つめなおし、わたし達が受け継いだ無限の愛、平和、分かち合う幸福を思い出して、わたし達の愚かなやり方を変え始める」一助になってほしいと語りました。

 歌は、以下のページからダウンロードできます。

 http://www.jamalrecords.com/cgi-bin/commerce.cgi?display=home

(以下、UNRWAの活動紹介は省略)

 もっと詳しいことを知りたい方は、以下へご連絡下さい。

 Christopher Gunness
 UNRWA Spokesperson
 Mobile: +972-(0)54-240-2659
 Office: +972-(0)2-589-0267

(仮訳どすのメッキー 1/Feb./2009)
**************************************************

【追記】jamal recordはアクセスが集中して重いようです。まず歌を聞いてみたい方のために、知人から教えていただいたYoutubeの動画をご紹介します。いいですよ!

| | トラックバック (0)

ノーム・チョムスキー、オバマの外交・経済政策について語る

 オバマ大統領は、1月22日、就任後最初の外交問題に関する政策発表の場で、中東特使にジョージ・ミッチェル元民主党上院院内総務、アフガニスタン・パキスタン特別代表にリチャード・ホルブルック元国連大使をそれぞれ任命したと発表しましたが、その際も、イスラエルが脅威から自衛する権利を認めることを確認し、その逆はありませんでした。

 ノーム・チョムスキー氏は、オバマの外交政策は、オバマ大統領が、何を言ったかだけでなく、何を言わなかったかにも注目すべきだと述べ、結論として、オバマ大統領の外交政策は、ブッシュ前大統領とほとんど同じであり、変化はあり得ない、と結論しています。

 今、オバマに対する評価は極端に二分化しています。わたしは、(わたしの地元の無責任でばかばかしい騒ぎは論外としても)今の段階で、憶測と事実をごちゃ混ぜにしたステレオタイプに陥ることは危険だと考えます。その中で、チョムスキー氏の言説は説得力があり、確実な議論の土台を提供してくれるものです。

 COUNTERPUNCHに紹介されていた、PRESS TVのインタビュー記事をご紹介します。
(チョムスキー氏の言葉ともなると、わたしの様なものが勝手に訳して配ってはいけない気もしますが、転載、転送は各自のご判断でお願いします)

**************************************************
■イスラエル、イラク、経済危機に対しオバマが明らかにした政策
【Obama's Emerging Policies on Israel, Iraq and the Economic Crisis
 An Interview with Press TV By NOAM CHOMSKY】
 http://www.counterpunch.com/chomsky01282009.html
(28/Jan./2009 COUNTERPUNCH)

PT(プレスTV):チョムスキー教授、パキスタンのことからうかがいましょう。無人機によるアフガニスタンからパキスタンへの越境攻撃で人々を殺害したことについて、ホワイトハウスはコメントを控えています。オバマは、この問題を解決するために、あなたがユーゴスラビアの件で触れていたリチャード・ホルブルック【訳註1】を選びました。

CH(N.チョムスキー):米国がパキスタンを自由に爆撃でき、重大な問題を何度も起こしてきたブッシュ・ドクトリンをオバマは明らかに引き継いでいます。例えば、アフガニスタンに近い、バジャール州では、たいへんな混乱と戦闘が続いています。部族指導者やそこの住民の調査によると、マドラサ【訳註2】への爆撃によって、80人から95人の人々が殺されたことが分かりました。米国の新聞では報道されてないと思いますが、パキスタンの新聞ではもちろん報道されています。

 報告を書いた著名な原子物理学者パルヴェーズ・フードバーイー【訳註3】は同時に、この種の虐殺がパキスタンと言う国家を脅かすほどの、恐怖と報復を生み出すことを指摘しました。それは今実際に起こっており、わたし達はそれ以上のものを見ているのです。

 パキスタン政府は、この地域の作戦を指揮していた米国のデヴィット・ペトラエアス将軍【訳註4】に対し、最初のメッセージでパキスタンにもう爆撃をしないよう求めました。実に、アフガニスタンのカルザイ大統領からオバマ新政権への最初のメッセージも同じ内容、もう爆撃は望まない、ということでした。カルザイ大統領はまた、米国軍や他の国をはじめ、外国軍がアフガニスタンから撤退するタイムテーブルを要求しました。もちろん無視されましたけれどね。

--------------------------------------------------

PT:中東特使に任命されたジョージ・ミッチェルに楽観的な期待を持っている人々がいます。リチャード・ホルブルックにも。わたし達は、いわゆるスレブニツアの大虐殺【訳註5】で役割を果たせたかもしれないと思われるボスニア担当の元特使と話をしたことがあります。そして、デニス・ロス【訳註6】がイラン特使と噂されています。

CH:ホルブルックには、ユーゴスラビアでの経歴ほどではありませんが、それ以前にもきわめてひどい経歴があります。たとえば、東ティモールのインドネシア人の虐殺において、ホルブルックは、[米国の東アジア政策局長として]様々な任務を担当していた[が、東ティモールに対する軍事攻撃を支援し、インドネシアの虐殺隠蔽に貢献した。]ジョージ・ミッチェルは、もっと好ましい、まあそう言っておきましょう。彼には非常に好ましい経歴がある。北アイルランドで彼は何がしかを達成しましたが、この場合、目標がありました。

 目標は、イギリス人がIRAのテロに暴力に訴えて報復するのを終わらせ、テロの根源である正当な不満に気を配ることでした。彼はそれに取り組み、イギリス人は不平に耳を傾けるようになり、テロは止まりました。これは成功でした。しかし、中東においてそのような見通しがありません。特にイスラエルとパレスチナの問題においては。わたしが言いたいのは、解決策がある、イギリスの場合と同じように非常に単純で率直な解決策があるということです。イスラエルは、占領地で米国に後押しされた犯罪を止めることができたはずですし、おそらく彼らへの反撃も止められたでしょう。しかし、それは検討されていません。

 事実、ちょうどオバマ大統領は記者会見を持ちましたが、その点で非常に興味深いものでした。彼は放物線のような平和のイニシアティヴ、アラブ連盟によって承認されたサウジアラビアのイニシアティヴを賞賛して、そこには建設的な要素があったと述べました。それは、イスラエルとの関係正常化を求めており、オバマ大統領は、アラブ諸国に、こうした「建設的な要素」、すなわち関係正常化を促進するよう求めました。

 しかしながら、それはアラブ連盟の運動のとんでもない歪曲です。アラブ連盟の運動は、長年国際合意となっている二国間国境の解決を受け容れるよう求めており、その実現を条件に、イスラエルとアラブ諸国との関係正常化がはかれると言っているのです。オバマは、要求の前半部分、とても重要で、問題解決の鍵となる部分を読み飛ばしています。なぜなら、それは米国に重要な義務を課すからです。30年以上、米国はこの国際合意を妨害する立場に単独で立ち続けてきました。【訳註7】そして、それが米国とイスラエルを孤立させる結果となったのです。

 ヨーロッパ、そして今では他の多くの国家がそれを受け容れました。パレスチナ政府はもちろん、ハマスもずっとそれを受け容れています。アラブ連盟もずっと受け容れてきました。アメリカとイスラエルは、言動だけでなく、行動においてもずっとそれを拒否しています。ガザ地区をはじめ、占領地では、毎日のように残虐行為が起こっています。ですから、オバマ大統領がアラブ連盟の要求の前半を無視したのは、意図的なものです。外交的解決を実効あるものにしようと模索する世界の動きに加わらない米国の政策を継承するのが事実なら、ミッチェルの任務は意味がありません。

--------------------------------------------------

PTオバマは、国境が開かれるべきだといいました。これによって何か政策の変化を期待できますか?

CH:そうは言いましたが、それが他の多くの文脈の中にあったという事実について言及していません。イスラエルもこう言うでしょう。国境は開かれるべきだが、例えばハマスのようにパレスチナ人によって選ばれた政府と対話するのは拒否し続けるでしょう。この点が、ミッチェルが関わった北アイルランドの場合とは全く異なります。それは、パレスチナ人が自由に投票したことを理由に罰せられなければならないことを意味しています。そして、オバマは、エジプト人を封じ込めるため[イスラエル外相]ツィッピ・リヴニと協定を結んだコンドリーザ・ライスのガザ政策を支持しました。これは、まさに帝国の傲慢さを示す行為です。それは彼らの国境ではありません。実際、エジプトはそれに強く反対しました。しかし、オバマは続けました。彼は、トンネルを通して兵器がガザ地区に密輸されるのを確実に防がなければならないと言います。一方彼は、はるかに莫大で致命的なイスラエルの兵器が運び込まれることについては不問でした。事実、ちょうどガザが攻撃されている最中の12月31日、ペンタゴンは、ドイツの船に3000トンの軍事物資をイスラエルまで輸送するよう命じていたことを発表しました。ギリシャ政府がそれを防いだため、それは上手くいきませんでした。【訳註8】しかし、ギリシャを通らなくても、他のどこかを通ることもできたでしょう。これは、ガザ攻撃の最中の出来事なのです。

 実際には、非常にわずかな報告と質問がありました。ペンタゴンは、面白い方法でこれに対応したのです。彼らは、この物資はガザへの攻撃に使われるものではない、と言いました。事実、彼らはイスラエルがオバマ就任の前に攻撃を停止するのを知っていました。オバマが[就任演説で]ガザ攻撃のことに触れなくて済むように。それでも、ペンタゴンは、この物資が米軍の陣地を確保するために使われていると言いました。言い換えれば、長い間行われていることですが、イスラエルは、世界の重要な産油地域の周縁に配置された米軍基地としての役割を拡大し、補強しているということです。何故と聞かれるたび彼らは、防衛や、安定のためと答えるでしょうが、それは更に攻撃的な行動の準備に他ならないのです。

--------------------------------------------------

PTロバート・ゲーツ【訳註9】とアドミラル・マイク・マレン【訳註10】は、16か月のイラクからの撤退期限は、選択のひとつにすぎず、オバマが宣伝で話していることに前政権と大きな差はないと話しています。そして、ヒラリー・クリントンが、イランのすべてを跡形もなく破壊し、7000万人を抹殺する準備ができていると語ったことは良く知られています。【訳註11】イラクとイランにおいて、何か変化があると思われますか?

CH:イラクで起こったことは、きわめて興味深く、また、重要です。現地を体験し何がしかの真実を知っている通信員はほとんどいません。パトリック・コックバーン、ジョナサン・スティール、あと一人か二人でしょう。重要なのは、顕著な非暴力の抵抗運動があったということです。その運動は、アメリカがその計画と目標から一歩ずつ後退するよう追い詰めていました。彼らは、アメリカが実施を望まずあらゆる手段を使って回避しようとした選挙を、アメリカ占領軍に実施させました。そして、そこからついに彼らは、オバマ政権が誕生するなら、アメリカは[イラクにおいて]戦争目的の大部分をを放棄するという強制力のある協定を受け容れさせました。これによって、アメリカがイラクで建設した巨大な軍事基地は使用できなくなるでしょう。これは、石油資源にどのようにアクセスし、使用するかアメリカが自由に決定できないことを意味します。そして、実際にあらゆる戦争目的は無くなります。

 もちろん、アメリカが約束どおりそれを履行するかどうか疑問はあります。また、あなたが報告していることは、アメリカ政府が履行をうまく逃れようとしている深刻な懸念を示しています。しかし、イラクで起こったことはとても重要で、これまで悲惨を舐めていたイラクの人々に対し深い信頼を持っています。わたしは、こう言いたいのです。イラクという国は完全なまでに破壊されしまいました。それでもイラクの人々は、アメリカを、その主要な戦争目的から、なんとか正式に追いやったのだと。

 イランの場合、オバマは[ヒラリー・]クリントンほど挑発的ではありませんが、両者の立場はほとんど同じようなものです。オバマは、すべての選択肢を排除しない、と言いました。さて、その選択肢にはどんなことが含まれているでしょうか。ご承知のように、おそらく核戦争を含んでいます。それは選択肢の一つです。アメリカ人が望む段階的な方法を彼がとる徴候はありません。アメリカ人の圧倒的多数は、事実上原子力エネルギーを開発するために、イランを核拡散防止条約の署名に加えさせるべきだという、非同盟運動を長年支持し賛成しています。それは、核兵器を開発する権利を認めることであってはなりませんし、更に興味深いことに、同じくらい、そう75%から80%の割合で、この地域、すなわちイラン、イスラエル、そして駐留アメリカ軍を含めた範囲で、あらゆる種類の検証を行い、非核地帯を確立することを要求すべきです。

 こうした努力が、おそらく紛争の主要な要因のひとつを排除できるかもしれません。しかし、オバマ政権には、こうした取り組みを検討しようとする兆しがないのです。

--------------------------------------------------

PTチョムスキー教授、最後におうかがいします。今ニュースはアメリカ経済の問題でいっぱいであり、すべてのアメリカ人の生活、ひいては世界中の人々に影響を与えています。8250億ドルのパッケージ【訳註12】があります。オバマ政権は、これをどのように使うとお考えですか?

CH:本当のところ、誰も分かりません。経済で今何が起こっているのか、よく分かっていないからです。それは、非常に不透明な金融操作で惹き起こされており、それを解明するのは困難です。おおまかなプロセスが把握できても、8000億ドル、あるいは多分もっと大規模になるのでしょうが、政府の経済刺激策がこの危機を克服できるかどうか、分かりません。

 すでに、いわゆる部分的な企業救済のために、350億ドルを使っていますが、それらは銀行のポケットに入っただけでした。制限を設けない融資に使われると思われていましたが、銀行がそうしないと決めました。彼らは私腹を肥やして、彼ら自身の資産を回復し、他の銀行を合併買収するほうがましだと考えたのです。次の刺激策に効果があるかどうかは、それがどう扱われるか、対策が建設的な目的に使われるかどうか監視されるかどうかにかかっています。また、この経済危機がどれくらい深いのか、といったようなまだ知られていない要素にも左右されるでしょう。

 それは、世界的な危機であり、しかもたいへん深刻な危機です。西側諸国が危機に対処している方法が、危機に対して第三世界に実施されるべきモデルと完全に矛盾していることは衝撃的です。そのため、インドネシア、アルゼンチン、そのほかの国々で経済危機が起こった場合の対策は、金利を高く上げて、経済を民営化し、公共支出を手控えるといった方法になります。西側諸国では、全く正反対です。金利をゼロ水準まで下げ、必要なら産業を国有化し、莫大な借金をしてでも市場経済に資金を注ぎ込みます。それは、第三世界がどうやって債務を返済するかと正反対です。この矛盾について言及されない状況が顕著に見えます。

(仮訳どすのメッキー 1/Feb./2009)
**************************************************

【訳註】

1:リチャード・ホルブルック:クリントン政権でオルブライト後任の国連大使、ボスニア和平に関わった。オバマ政権ではアフガニスタン・パキスタン特使。ヒラリーの外交政策は彼の影響を強く受けていると言われる。

2:マドラサ:アラビア語で「学校」を意味し、現在はイスラム世界における宗教教育機関。モスクと併設される場合も多く、一般に寄進財産で運営。

3:パルヴェーズ・フードバーイー:2001年7月、同じパキスタンの物理学者ジヤー・ミヤーンとともに、ドキュメンタリー映画「核の影に覆われたパキスタンとインド」を完成。

4:デヴィット・ペトラエアス将軍:イラク戦線の総司令官。

5:ボスニア紛争末期の1995年7月11日、国連安保理が設けた「安全地域」のスレブニツアをセルビア人勢力が総攻撃し、約1週間でイスラム系住民7000人以上を殺害した。

6:デニス・ロス:ブッシュ(父)、クリントン両大統領政権で中東特使。ネオコンかつシオニストで、オバマ政権ではヒラリー国務長官の上級アドバイザーという重要な役割を与えられている。

7:現在のパレスチナの境界がどうなっているか、地図をかかげる。ガザ南端のラファはエジプトと国境を接している。

Map_gaza_wb

「CROSSING」はイスラエル軍が支配する検問所を示しており、パレスチナ人や必要な物資の自由な移動さえ認められていない。しかし、ここで、強調しておきたいのは、ガザの人々は、困難な生活環境、国際社会の侮辱的な扱いにもかかわらず、これまでこの屋根のない収容所から隣国エジプトへ出た時に商店の強奪や窃盗などの行為に走っていないことである。需要が集中し必需品の価格が高騰しても、彼らは文明人として誇りある態度でそれを購入していた。

 オバマ大統領は、大統領選挙中の2008年7月、イスラエルのスデロトを訪れた際、エルサレムの帰属問題で国際合意がなされていないのを無視して、エルサレムが永遠にイスラエルの首都だと発言している。

8:米軍海上輸送司令部の情報をアムネスティ・インターナショナルが調査した報告によると、ギリシャのアスタコスからイスラエルのアシドッドに送られる予定だった物資の中には当初白燐弾が含まれていたが、取り消されたという。米国防総省は、イスラエルにおける米の備蓄庫に軍需品を送るための他の手段を検討している。

9:ロバート・ゲーツ:米国国防長官。ブッシュ政権からの留任。

10:アドミラル・マイク・マレン:米国統合参謀本部委員長。

11:2008年4月22日、大領指名候補を争うヒラリーは、大統領に就任した場合の政策に関するインタビューで「イランがイスラエルを攻撃したら、イランに報復攻撃をし、全滅させる」と発言し、さらに「(こうした警告が)無謀で愚かで悲劇的な行為を思いとどまらせるだろう」と付け加えた。イラン国連代表部は「挑発的で不当であり、無責任な発言だ」と書簡を国連に送付した。

12:2009年1月28日、米下院は8250億ドル(約80兆円)規模の景気対策法案を、賛成244、反対188で可決した。法案には、オバマ大統領が求めていた緊急支出と減税が盛り込まれている。上院での審議は2月1日の週から始まる予定だが、上院は27日の銀行住宅都市委員会と歳出委員会で、8870億ドルの景気対策を可決したことから、最終的に上院に提出される予算案は、8250億ドルを大幅に上回る見通しとなっている。

**************************************************

| | トラックバック (0)

« 2009年1月 | トップページ | 2009年3月 »