朝青龍は、そんなに悪いことをしたのか?
ビデオを観ると、確かにちょっとやりすぎか、と思う。軽率の批判は素直に受け止めなければならないだろう。しかし、これまで一人で相撲界を支えてきた功労者に引退勧告をちらつかせるほどのことなのか?私は大いに疑問だ。
親善目的のお遊びサッカーと相撲の真剣勝負、しかも横綱に求められる手加減の許されない取組みとでは、運動量もリスクもまるで違う。そのことがまず無視されている。日本の「国技」である相撲の本場所数は江戸時代には1年1回だった。それがどんどん回数が増えて今は6場所、90日をこなさなければならない。加えての地方巡業である。いくら心身鍛錬を積んだ力士といえども、体調管理を維持するのは並大抵ではない。しかも、軽い怪我で本場所や巡業を休んだりすれば、朝青龍に限らず、精進が足りないと非難されるのは必至だからどうしても無理が生じる。綱とりまで後一歩で涙を呑んだ栃東の脳梗塞は、こうした過密日程の強行が一因になっていなかっただろうか。本当の相撲ファンなら、日本人横綱が久しく誕生しないことについて、ハングリー精神を云々する前に、大成するはずの人材の力士生命を非科学的な精神主義が奪っていないか、冷静に考えるべきだと思う。
朝青龍自身も名古屋場所は怪我をおしての優勝だった。怪我をおしてでもプレーするという気持ちを一概に否定はしないが、それが当たり前として押し付けられてはならないと思う。どんなスポーツでも、ひとりひとりの選手は、選手である前に人間としての基本的人権を尊重されるべきだ。今まで朝青龍が「わがまま」と批判されてきた行為は、相撲界でなければせいぜい注意されて終わり程度のものではないのか。逆に、飲酒運転とか、一般人への暴力行為とか、運動部指導者の暴力行為とか、先輩後輩をかさにきたいじめとか、そういう犯罪行為なら問答無用で断罪されてしかるべきだろう。もっとも、日本はそういうことに対してはいたって甘いようだが…。
文化的交流があり、基本的に同じルールのプロリーグを持つ野球でさえ、日本人がメジャーで活躍するには、いくつもの壁がある。まして、日本にしかない「国技」相撲で成功するためにどれだけの努力が必要か。海外で活躍する日本人プレーヤーで英語のインタビューにすらすら答えている人がどれだけいるかを考えてみただけも想像がつきそうなものだ。メジャーリーグは、人種偏見を取り去っていく歴史でもあった。信じられないことだが、ハンク・アーロンがベーブ・ルースの本塁打記録を破ったときも、決して賞賛の声は大きくなかった。彼が黒人選手だったからである。しかし、今、メジャーのファンは、昨年松井秀喜が怪我から復帰した第一打席の前スタンド総立ちで拍手した。いまだに外国人選手を差別的な表現で扱う日本のプロ野球とは深いところで差がある。
朝青龍は、「国技」相撲界での活躍に満足するだけでなく、母国モンゴルの子ども達のために様々な努力を忘れなかった。ピースキャンドルが印象的な平和のイベントも、毎年行ってきたと聞いている。そういう志を持った力士が日本人力士や相撲協会のお偉方にどれだけいるのか、私は聞いてみたい。モンゴルは急速な市場経済の導入が様々な亀裂をもたらしている。その母国を離れて成功を収めた人間が母国をしのび、貢献したいと考えるのは人間として自然な感情だ。ドミニカ出身のメジャー・リーガー、サミー・ソーサの美談は素直に受け容れる日本人が、モンゴル人力士になると掌を返すのは、人種偏見以外の何者でもない。横綱になっても帰化しない(難民さえ受け容れないこの国の人が発言しているとはお笑い草だ)とか、競技に関係ないことまで持ち出していじめる相撲協会や日本人の体質が、本来なら、正々堂々と談判すべき交流行事への参加も今回のような屈折した行動に追い込んでしまったような気がする。
私は、断固朝青龍関を擁護する。
【追記】このことに関して、当事者の相撲協会関係者はしょうがないとして、ジャーナリズムはどうして声を挙げないのだろう?といぶかしく思っていたら、「オーマイニュース」にやっと見つかりました。以下の記事に100%賛成です。(2007.8.5)
■≪なぜこんな処分が許されるのか?朝青龍の「軟禁処分」は憲法違反だ≫
生田正博(2007-08-04 18:30)
http://www.ohmynews.co.jp/news/20070804/13763
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