軍隊があっても積極的に巻き込まれに行ったりはしない ~ 佐藤新参議院議員の発言について
新しく参議院議員になった人の中に、イラク派兵の現場のシンボル的存在だった佐藤正久元隊長がいます。彼の発言が今問題になっています。
彼は、10日のTBSの報道番組で、オランダ軍を助けるため、あえて戦闘に巻き込まれるような状態を意図的に作り出そう考えていたことを吐露しました。自衛隊法はもちろん、イラク特措法でも、自衛隊はシビリアン・コントロール下で「非戦闘地域」で「人道支援」活動を主任務とすることが前提とされ、武力行動に出るのは、隊員の安全が脅かされた際の正当防衛範囲に制限されています。一応は。こんな理屈に縛られていたのでは、いつまでたっても本来の派兵目的である軍事行動の既成事実化がはかれないと思ったのか、現在集団的自衛権「有識者」会議で検討している「駆けつけ警護」を先取りして、必要もないのに、言い換えれば相手の要請もないのに、わざと攻撃されに出て行こうとしていた、ということになります。
佐藤議員の行動原則は、憲法9条を完全に無視しているだけではありません。憲法「改正」を至上目標とする安倍政権でさえ、表立っては否定することのできないシビリアン・コントロールや専守防衛の原則をもぶっちぎっています。
何より、イラク「復興支援」のための「人道的派遣」がいかにまやかしであり、最初から国民や国会の声など最初か聞く気がなかったか、ということを、現場の最高責任者が自らの口で明らかにしたのですから、イラク侵略を支持し派兵を強行した小泉前首相と、それを正しかったと今も擁護している安倍首相も責任を免れることはできません。
日本ジャーナリスト会議が、「佐藤正久発言に対する公開質問状提出あらゆる戦争の廃絶を願う市民有志」名で賛同者を募り、7項目の公開質問状を佐藤議員に提出しています。
http://jcj-daily.seesaa.net/article/51631432.html#more
ここで、私は、「あえて」別の視点からも佐藤議員の発言を批判することの重要性を指摘したいと思います。
軍隊をシビリアン・コントロールにおくというのは、今の民主主義国家なら当然のことです。軍事行動は税金や、兵役と言う形でのサービス、国民が築き上げた科学技術の成果等国民の提供する有形無形の資源がなければなりたたないのですから、軍はその結果について資源の提供者である国民に責任を負わなければならないからです。自分ですべて決めてしまい、調査も裁判も自分でやるような組織では、効率的な活動が行われず、いたずらに国家の資源を消耗し、戦争に勝利することはできないでしょう。国家と軍隊の論理からしても、指揮官には味方の人的・物質的損害を最小に抑えるよう努力することが要請されます。
先制攻撃症候群にかかっているブッシュ政権下でさえ、政府と国民の間でその合意は暗黙に成立しており、現在の広範なイラクからの撤退支持や、ブッシュへの責任追及の動きは、ブッシュ政権がその合意を反故にしたことへの抗議の意志が発端であると考えられます。
ところが、日本では従来、戦争行為そのものが人道的に批判され、あるいは逆に肯定されることはあっても、その結果に対し責任者の具体的判断が問われることはほとんどありませんでした。アジア太平洋戦争を「正義の戦争」と強弁する立場の人であっても、軍の中枢や現場の指揮官が無計画な戦闘行為で損害を拡大させたことの責任まで捨象してしまうのはおかしいではありませんか。民族主義者こそ、石原の賛美する「特攻」を、これから国を背負って立つ人材を意味もなく消耗した愚策として批判すべきなのです。
オランダ含め、イラク侵略に協力した国の指揮官でも、自国の損害を最小にし、不要な戦闘は避けるということを常に考えていると思います。頼まれもしないのに、わざわざ出かけて「巻き込まれ」るなんてことをして、自国民に損害を出したら、9条のない国でも大問題になるでしょう。だいいち「駆けつけ警護」などとピザの配達みたいな都合のいい紛争の介入の仕方が成功すると本気で思っているのでしょうか?そんなものなら、ソマリアも、ボスニアも簡単に国際的合意ができていたでしょう。集団的自衛権の導入を考えている面々の多くが幼稚な軍事オタクにすぎず、リアルな想像力を欠いているかわかろうと言うものです。
佐藤隊長がイラクに派遣されていた当時、切羽詰って超法規的な処置も含めた判断をしなければならなかった状況ではありませんでした。(給水さえ丸腰のフランスNGOに替わってもらっていたのですから)また、そういう判断を国民から負託されていたわけでもありません。佐藤議員が、当選後のアドバルーンとしてでなく、当時本気でそう思っていたのだとしたら、そして、もしそれを小泉首相が知らなかったとでもいうのなら、これこそ謀略という表現で呼んでも構わない行為だと思います。
小沢氏は元来改憲論者だったのも事実だし、小沢民主党も憲法についてもちろん一枚岩ではありません。将来的にどう動くかは、今後の世論にかかっています。
しかし、少なくとも小沢民主党はイラク特措法の延長には反対だと言っているわけです。わたし達は、今はその姿勢を支持し、右翼ジャーナリズムの中傷を跳ね返す必要があると思います。佐藤議員の発言の不当性は、軍隊、あるいは自衛隊の存在を許容する人たちとも、(むしろ自衛官やその家族の人たちにとっては、これほど自分達を軽視した発言はないわけで)一緒になって追求できると思います。
一気に9条の是非でふるいにかけると、そこにたどり着く過程の重要な議論を見逃す恐れがあります。佐藤議員の発言は、まさにそういうテーマではないでしょうか。
【追記】佐藤議員の事務所は、公開質問状が届く前、「現場に行って法的不備があると感じての発言」と反応したという。佐藤議員も前述の報道番組中「日本の法律で裁かれるのであれば喜んで裁かれてやろう」などと言っていたが、よしんば現行法に不備があるとしても、まず議論を尽くして法を変えてから実際の行為を変更するのが法治国家である。立法府ではたらく国民の下僕たる国会議員が、気に入らなければすすんで法を破るのでは、幼稚すぎてお話にならない。
それでも、だまされてはならないのは、これは、本質的に法律があるかないかの問題ではないということだ。日本から見れば法的には何でもありに見える米国でも、同じ立場の人が同じ発言をしたら、どういう反応が返ってくるか想像してみられるとよい。やはり、こんな出鱈目な指揮官は更迭せよ、という声が主流になるのではないだろうか。
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