シンディ・シーハン「私達はもっと強くなって戻ってきます」
ラジオの放送からずい分たってからですが、赤旗6月6日の外信頁に小さな囲みで、シンディがいつかもっと強くなって戻ってくる、と米PBSラジオのインタビューで語ったという記事が掲載されました。
果たして、そのインタビューは、シンディの複雑な胸中を整理して私達に伝えてくれるだけでなく、全身全霊を傾けて、ベトナム反戦以来の大きなうねりを作り出した彼女に対するあたたかさに満ちた、とても心地よいものでした。
PBSラジオのサイトにテキストが書き起こされていましたので、全文を訳出してみました。ぜひお読みください。
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【私達はもっと強くなって戻ってきます】
(米PBSラジオのインタビューの記録)
"We'll Come Back Stronger" (1 June 2007)
http://www.pbs.org/now/news/322.html
■DAVID BRANCACCIO(以下"BRANCACCIO"):
反戦運動から退くと発表したばかりのシンディ・シーハンさんにお会いしています。シーハンさんは、2005年、テキサスのブッシュ大統領の農場の外で野営を続けた女性として知られています。シーハンさんは、技術兵だった息子のケーシー・シーハンさんが、バグダッドで待ち伏せ攻撃を受け殺されたことについて大統領に会って話をしたいと要求しました。
そのときから彼女はアメリカだけでなく世界中の反戦運動で、最も認められ、ときには論議を巻き起こす顔になりました。でも、今彼女はもうたくさんだと言っています。ようこそ、シンディ・シーハン。
□CINDY SHEEHAN(以下"SHEEHAN"):
ありがとう。
■BRANCACCIO:
あなたは、反戦運動に没頭していました。でもつい先ごろもう辞めると言いました。何があったのですか?
□SHEEHAN:
没頭していたという言い方さえ控えめな表現かもしれないと思います。私は命を消耗してしまいました。毎日24時間私は追い立てられていました。そう、知っているでしょう、先週民主党がジョージ・ブッシュに無条件で彼の戦争を続けるための戦費法案に賛成し、ブッシュがまた何でもできるようにしてしまった【訳注1】後、私は感じました。それで、私は民主党にうんざりして、すべての関係を断ったのです。
そして、私は、なぜ私が民主党を離党するのか伝えようと、議会に、議会の民主党に手紙を書きました。その時、私は自分がこれまで時間を無駄にしてきたと気付き、非常にがっかりしたのです。そうした途端、私は攻撃され始めました。知ってのとおり、右や左から攻撃されることは、私にとって初めてのことではありませんでした。でも、いいですか、左派の人たちが、右派の人が言うような呼び方をし始めたとき、思ったのです。「家に帰ろう」と。
もうひとつのきっかけは、上の娘から電話をもらったことです。戦没者追悼記念日で娘も墓地に来てケーシーの墓に花を手向けていました。娘はすっかり動転していました。それを見て「家に帰って子どもと一緒にいるべきだ」と思ったのです。でも、これは思い付きではありません。去年の夏、健康を損ねて危うく死にかけたときから、ずっと考え続けてきた結果なのです。
■BRANCACCIO:
あなたは、あなたの批判をブッシュ政権に向けさせようとする左派の圧力を感じているように見えますね。そして、今ワシントンで影響力のある民主党議員に関して何か言おうとしたら、ある意味キャンプから押し出されてしまいました。
□SHEEHAN:
おっしゃる通りです。私の行動、主義、目標、使命は、とても一貫していたと思います。今民主党に対する努力は徒労に終わったようです。そうは言っても、私が共和党員と一緒に活動を続けられるわけがありません。彼らはもはや政治の実権を握っていません。政治を動かす力があるのは民主党です。ですから、民主党が、私達の行動を向ける対象なのです。
■BRANCACCIO:
さっき、あなたは「努力は徒労だった」と言われました。先週の投票がイラク戦争の資金を供給し続けるかどうかを決めるきわめて重要であり、しかも、投票結果があなたの意向に沿わなかったことは分かります。でも、あなたが公然と抵抗を始めた時、私が見たある投票では戦争に反対する米市民は55%でした。最近の調査ではそれが72%になっています。つまり、あなたの立場から見ても、あなたの努力は決して無駄ではなかったと思うのですが。
□SHEEHAN:
アメリカ社会の前面に痛みや苦しみを真正面からとりあげ、これらの戦争の代償を知らせるために、私達の行動はとても効果的でした。全国民的な舞台で彼らが生きてきた証を披露するのにも効果的でした。そうです。私の使命や行動はレンガの壁に届いたのです。
そして、良かったことは、ブッシュの弱点を暴きだしたことです。そして、私は思うのですが、私達はそれを暴いただけでなく、できる限り宣伝しました。ジョージ・ブッシュの支持率は歴代大統領で最低になったのですからね。ええ。私がとても落胆したのは、ブッシュが国民の支持を受けていないからこそなのです。ブッシュ政権が不正のためボロボロに崩れかかっているのに、民主党は大統領にもっと意味のある法案を送ることがきなかったのです。それを拒否したらよかったのに。ひとりひとりが「派兵を支持しない」という言葉を引用して。でも、民主党は愚かな法案を可決させ大統領に送りました。この時、彼らはこの戦争を買ったのです。この戦争を承認したのです。
■BRANCACCIO:
しかしながら、私はあなたにお聞きしたい。多くの人が、戦争を始めた理由に怒っており、戦争は間違いだったと考えています。しかし一方では、同じ人たちが、恐ろしい状況が更に悪くなるのを防ぐため、アメリカ軍は長期間にわたり駐留し続けるべきだと感じているのです。
□SHEEHAN:
その人たちに尋ねたい。私達は、これ以上いつまでイラクと言う国を悪くさせるつもりなのかと。状況は毎日のように悪化しているのです。どんなに多くの軍隊をそこにつぎ込んでも、状況はますます悪くなります。そうでしょう?「ああ。どうにもならない」と人々が言い出す前に、何をしなければならないのでしょう。ベトナム戦争のときのように、10年も15年も戦争を続けなければならないのでしょうか。アメリカの兵士の命を6万人も失わなければならないのでしょうか。イラクという国を滅ぼしてしまわないと、私達は「この占領は失敗なのか」と気付かないのでしょうか。
■BRANCACCIO:
あなたは、あなたに対する批判の多くが個人攻撃に終始していたことにまだ怒っていますか?あなたの率直さが軍に損害をもたらしたという人もいました。あなたが息子の死を宣伝しているとまで言い出す人もいました。それらに怒りを覚えますか?そういう人に何と反論したいですか?
□SHEEHAN:
右派に批判されるのは予想できたことでした。私は全然傷つきはしませんでした。実際、私はそれを跳ね返してきたし、そう、楽しんでさえいましたね。
TVでお馴染みのビル・オライリー【訳注2】が好きな人は、私がジョージ・ソロス【訳注3】から大金の支援を受けていると言います。ええ。オライリーは、私が大金で動かされているので、どうやって摘発しなければならないかについて話していたんですよ。私は、私のアシスタントを見て言ったんです。「とんでもない。ティファニー。ジョージ・ソロスに電話して、どこにそんな小切手があるのか見つけられる?」
■BRANCACCIO:
噂のジョージ・ソロスから小切手を受け取ったことはありますか?
□SHEEHAN:
ジョージ・ソロスからどんな支援も受けたことはありません。間違いありません。
■BRANCACCIO:
右派からのそうした批判は跳ね返したとおっしゃいました。でも、それ以外のある種の批判には傷ついたそうですね。
□SHEEHAN:
誰が言ったかに関係なく、私が悪い母親だという種類の批判がそうです。それは、お分かりと思いますが、私にとって多分いちばん辛いものでした。それを聞いた上の娘が、あるとき、私を呼びました。そして、こう言ってくれたのです。「ママ。あなたの子ども3人は皆んなママが大好きよ。ママは悪くなんかないわ。私達はかけがえのない大切な家族なんだもの」
■BRANCACCIO:
あなたはまた、進歩的な反戦運動の中で、あなたが見たようにエゴがいかに露になっているかに失望したと述べていました。これは、どういうことですか?
□SHEEHAN:
ええ。平和運動のほんの一部なのですが、私は本当は大金で経済的に支援されており、息子の死のおかげで贅沢三昧をしている、というような考え方をする人もいたのです。おそらく、私が注目をすべて集めてしまっている考えて、非常に嫉妬し、そういう宣伝を買って出るような人が左派にもいたのだと思います。中傷、嘘、それから、私について根も葉もないことを本に書く人もいました。そして死の恐怖。それは骨の折れる毎日でした。
■BRANCACCIO:
あなたが、息子さんの死に対して支払われたアメリカ政府の補償金を投じてテキサス、クロフォードの土地を買い取り、抗議をあげる基礎をつくったのはとても有名です。今後もその土地は所有されるのですか。
□SHEEHAN:
ああ。私はまだキャンプ・ケーシーを所有していますが、売却先を探しています。
■BRANCACCIO:
本当ですか?もう手放してしまうと?
□SHEEHAN:
キャンプ・ケーシーの役目は終わったと考えています。ジョージ・ブッシュは間もなく引っ越してしまうでしょう。
■BRANCACCIO:
私は仕事でいつもアメリカじゅうを旅して、あなたのことについて、人々と語り合ってきました。あなたは時々率直に怒りをあらわします。そして、悲惨にもイラクで息子をなくした女性、信じるもののためにたたかい続けるといった女性、そう、シンディ・シーハン、あなたに心から励まされたと感じている大勢の人たちと話をしてきました。彼らはあなたに答えて欲しいと思っています。もうあなたの声を聞くことはできないのですか?シンディ・シーハンは、本当にアメリカを見限ってしまうのですか?と。
□SHEEHAN:
玄関の揺り椅子に座っている私なんて想像もできません。私達はいったん手を引きますが、再び人を集め、より良い方法を考え、ここに戻ってくるでしょう。また、私が行ったことが人々を勇気付けることができたなら、嬉しいです。これが、もっと平和運動にかかわる人たちや、これから関わる人たちにエネルギーを与えられることを願っています。もうお分かりでしょう。私達はきっと戻ってきます。しばらく休息をとって、体をいたわってきたら、もっと強くなって戻ってこれると思います。
■BRANCACCIO:
実際の政治の世界で何が起きることを期待しますか?あなたの努力がどんな結果に結びついて欲しいですか?
□SHEEHAN:
私は、アメリカが、市民ではなく企業に政治が支配される社会(corporately controlled goverment)【訳注4】にずるずる引き込まれている事実を、人々が納得してほしいと思います。アメリカの人たちが、国を私達に取り戻すために立ち上がらなければ、私達は永遠にそれを失ってしまうでしょう。
■BRANCACCIO:
シンディ・シーハン。ありがとう。お疲れ様でした。
□SHEEHAN:
ありがとう。ダビッド。あなたと話ができてよかった。
■BRANCACCIO:
シンディ・シーハンについてもっと知りたい方は、私達のウェブサイト「PBS.org/NOW」に立ち寄ってください。
http://www.pbs.org/now/news/322.html
私達の対話についてコメントを送ることもできます。この番組はKarin Kampがプロデュースしました。きいてくれてありがとうございました。David Brancaccioでした。
【訳注】
1.アフガニスタンも含めて合計1000億ドルに近いイラク戦費法案は、下院で280票対142票、上院では80票対14票で可決され、5月25日に成立。民主党が主張していた撤退期限は盛り込まれなかった。
2.米FOXテレビの著名キャスター。
3.ハンガリー生まれのユダヤ人投機家で巨額の資産家。自由主義的な政治運動家としても知られ、ポーランド自主労組「連帯」や、米国では反ブッシュ陣営を支援したと言われている。
4."corporately controlled goverment"の解釈については、シンディがそのたたかいの中で戦争マシンを走らせる根源がグローバル資本主義であるとの認識を深めていること、及び同様の表現がされている記事を参考に多少意訳した。いわゆる「コーポラティズム」の意味ではないと思われる。
(仮訳 どすのメッキー 8 July 2007)
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前回訳出したシンディの「引退」宣言文を読むと、これまでのたたかいがいかに過酷で、かつ先月25日の採決に絶望したかが、痛々しいくらいでしたが、驚くべきことに、それでもシンディはまだ絶望しきっていなかったのです。
民主党も戦費法案に撤退期限を明記させることはできませんでしたが、インタビュアーのDAVID BRANCACCIO氏が賞賛しているように、この間、イラク戦争に反対する人は55%から72%(!)にまで増えました。これは、イラク戦争の泥沼が報道されただけで自然と達成できる数字ではありません。兵士や家族、そしてイラクの人々の「痛みや苦しみを真正面からとりあげ、これらの戦争の代償」をシンディや、心ある民主党の議員達が主体的に伝えてきたからこそ、全国民的なコンセンサスが得られたのだと思います。
ブッシュが再選した時、日本の平和運動に参加する市民の間で、アメリカの良識に失望したというような声が聞かれました。しかし、あわや、までブッシュを追い詰めるのに、どれだけの努力があったのかに言及する意見は稀でした。
それまで政治的なことにはかかわりのなかった人まで、知り合いに電話をかけ、家を一軒一軒訪ね歩いたこと、その上で、ブッシュ再選を心底悔しがっている姿に私は心を動かされました。マイケル・ムーア監督は選挙後「リストカットするにはまだ早い」というコメントを発表しましたが、これは空虚な強がりではありませんでした。
目新しさだけでは広範な層の支持を集めることはできません。ブッシュを追い詰めた運動は、パトリオット法などの攻撃にもひるまない、これまでの地道な活動の歴史があってこそ達成できたものだと思います。私達は、それに学ばなくてはいけません。
米市民の運動の到達点については、マブイ・シネコープの木村修さんが、詳細に報告されています。インタビュー記事とあわせて、是非お読みください。
【シンディ・シーハン『引退表明』に思う(2)
―彼女の足跡を確かめ、到達点を共有するためにー】
http://www.labornetjp.org/news/2007/1181361001989staff01/view
また、この機会にシンディの歩みを振り返りたい方には、邦訳で手に入りやすい本として
【わたしの息子はなぜイラクで死んだのですか】
(レオン・スミス編著、上田勢子訳、大月書店)
http://tinyurl.com/35qax6
や、マブイ・シネコープ
http://homepage2.nifty.com/cine-mabui/
発行のDVD(シンディの肉声入りの動画はここでしか手に入りません)をご参照ください。
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コメント
はじめまして
JUNさんのブログ「もしもし私です」からこちらを知り、TBをさせて頂きました。
これからもお付き合いのほどを。
投稿: morichan | 2007/06/13 12:07