インターナショナル・アクション・センターのラムゼイ・クラーク氏が、イラク高等法廷(IST)でサダム・フセイン元大統領らの最初の判決が下されるのを前にして、2006年10月10日、各国国連大使宛に書簡を送っています。
ラムゼイ・クラーク氏は、ISTが、イラクの「民主化」などとは程遠い、アメリカの中東政策の道具そのものであり、フセイン政権時代の幹部を葬り去ることだけを目的としたきわめて不公正なものであったことを暴露しています。
米国の元司法長官で、現在は民衆の側からとらえた生きた国際法の世界最高の専門家の一人であり、湾岸戦争以後、米国の戦争犯罪を実証的に告発し続けたラムゼイ・クラーク氏の文章の全文を、仮訳し、ご提供します。
すでにフセイン氏の死刑は執行され、多くの事実が闇に葬られると同時に、イラク政府の米国かいらい化が強まり、悲惨な内戦がさらに激化しようとしています。
また、世間では、フセイン悪魔論に固執して、現在政権主流のダーワ党の危険性については、ほとんど指摘されていません。しかし、ブッシュ大統領が一掃しようとしている「テロ」行為との結びつきは、フセイン元大統領より、ダーワ党のほうが明白です。
昨年9月国連がイラク内での拷問(米軍によるものでなく)について調査報告をまとめなければならなかったことを考えても、フセイン元大統領の処刑によって、イラクは、フセイン政権よりもはるかに危険な時代に突入しつつあると、わたしは考えざるを得ません。
以下、かなり長文ですが、最後まで目を通していただき、この件の事実に関心を持つ契機としていただければ幸いです。
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★☆重要☆★(2007.1.3訂正)ご提供した文章に1箇所重大な翻訳ミスがありました。以下、お詫びして訂正いたします。URUKニュースの山本史郎さんにご指摘いただきました。改めて感謝申し上げます。
(訂正箇所)見出し【ドゥジャイル事件】の直前
(最初の誤訳)「副首相タリク・アジスは、サダム・フセインが彼の命を奪おうとしたことを強力に支持する証言を行い、何の責もなく米国の保護下に留まっています。」
(正しい訳)「副首相タリク・アジズはサダム・フセインを強力に支持する証言をおこない、そのためにタリク・アジス氏自身の生命を危険にさらしています。彼は何の容疑も明かされないまま米軍に拘束されています。」
すでに病状が悪化しているアジス元副首相は、サダムを告発すれば助けてやるという米国の懐柔を拒否し、「今の政府要人たちこそ国家反逆罪で裁かれるべきだ」と証言したそうです。最初のわたしの訳文では、全く反対の意味になっていました。アジス氏の名誉のためにも強調しておきたいと思います。
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(以下の訳文は、2006.1.3 訂正済です)
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(Ramsey Clark, October 10, 2006)
http://www.iacenter.org/Iraq/hussein-2-102006.htm
イラク高等法廷のサダム・フセイン大統領およびその他の被疑者に対する不適法で不公正な審理は、国際法を脅かしています。
被疑者の身柄を現イラク政府に引き渡す前に、国連機関によるイラク高等法廷の法にのっとった公平な調査が不可欠です。
暴力の応酬で不安定な現在、ドゥジャイル事件の公判に基づいて被疑者をイラク政府に引き渡してしまえば、国際法の将来が脅かされ、イラクに悲惨な内戦を引き起こすおそれがあります。
国連大使閣下
6月に行われたイラク高等法廷(IST)は、2006年10月16日に最初のケース(ドゥジャイル事件)に関して最終判決を下すことが予定されています。法廷の報道官は、2006年10月2日にこの日程に言及しましたが、確実なものではないと理由を挙げて説明しました。米国の法律家とイラクの政治家のどちらも、今は判決が2006年10月25日に言い渡されるだろうと述べています。ブッシュ政権は11月7日の米国議会選挙の前の判決を望んでいます。その日はいずれやって来ます。もし有罪判決が下されるなら、判決は同時に下されるでしょう。
検察は、8人の被疑者のうち、少なくともサダム・フセイン大統領、タハ・ヤシン・ラマダン副大統領を含む5人に死刑を求刑しました。裁判長は、サダム・フセインの審理の前にはしばしば、被疑者に対する憎しみをあらわにして「裁判など必要ない。すぐ絞首刑にせよ」と言いました。また、裁判中すべての被疑者に対し「彼らの手は、生まれつき血まみれなのだ」と言い放ちました。
この法廷に適用される法の下では、死刑は判決後30日以内に執行されなければなりません。10日以内の控訴が認められていますが、数日あるいは数週間で直ちに確定することもあり得ます。
■イラク高等法廷(IST)は、米国の政策の道具そのものです
■それは適法ではありませんし、独立していませんし、公平でもありません
ISTの設立や運営は、米国の政治的意図を忠実に実行することを目指してかたちづくられ、支配されています。ISTは、2003年来米国がイラクに侵略戦争をしかけ、不法占領を続けている間の産物です。法廷は適法ではありません。審理自体が不公平なのは明らかです。その決定は、米国とその追従者など勝者のための裁きになるでしょう。
IST設立の法律をかいたのは米国の法律家です。ISTは、米国が資金を提供しています。その構成員も、米軍によって選出され、訓練され、保護されています。米国はISTの動きを直接左右しています。侵略戦争から始まり現在の不法占領を機能させる米国の政策を助ける道具であることひとつとっても、ISTは決して適法ではありません。
ISTは、公平性に不可欠な独立を欠いています。それは、米国と米国が支援するイラクの政治指導者たちが支配しようとする外部圧力にさらされています。法廷の裁判官3人は、重要な審理項目において法廷での判断が外部圧力をかける公然グループの意に沿わなかったため、更迭されました。
弁護団のうち4人が誘拐され、拷問に遭い、そして殺害されました。法廷の職員と彼らの家族も殺されました。バグダッドとイラク全土を恐怖で覆いつくす無秩序で壊滅的な暴力は、それ自体、公正な裁判をできなくさせています。
ISTの裁判官は公平ではありません。彼らは、サダム・フセイン政権下での犠牲者であることを主張するフセインの敵であることを認めています。ドゥジャイル事件での裁判長は、ハラジャのクルド人の村で生まれ育ちました。彼は、彼の血縁者や友人が1988年毒ガス攻撃で、多くの人とともに殺されたと主張します。彼はイラク政府に対する暴力を理由にバーシスト法廷で2度にわたり死刑宣告をされました。ISTは、有罪の判決を下すべく意図して設立されたのです。
審理は正義が腐敗し、周知の通り、不公平で、公正さと手続きの適法性を全く欠いたものとして国際的に認められてきました。暴力のために、弁護側が、資料(すべて米国に握られていました)や目撃者の居場所を調査、発見する機会は得られませんでした。弁護側は、騒々しい証言と審理記録を転載することさえ許されなかったのです。
検察当局は、7ヶ月の時間をかけてゆっくり事件を陳述しました。しかし、弁護は直ちに開始することを強いられ、5週間審問が続いた後、「あなた達が、34人の目撃者証言で無罪を証明することができないのなら、これ以上100の証言は必要ありません」と裁判長が言い出し、より重要な目撃者の証言が切り捨てられてしまいました。副首相タリク・アジズはサダム・フセインを強力に支持する証言をおこない、そのためにタリク・アジス氏自身の生命を危険にさらしています。彼は何の容疑も明かされないまま米軍に拘束されています。
■ドゥジャイル事件
ドゥジャイル事件の罪状は、1982年夏イラン・イラク戦争期間中、ドゥジャイルという名前の村でサダム・フセイン大統領及び他の場所でのタリク・アジスを含むイラクの指導者の暗殺が試みられたことへのイラク政府の反応に関するものです。イランは、イラクの3.5倍の人口と1972年から76年の期間シャーが米国から購入した240億ドルの武器で、イラン領土からイラクを攻略し、イラクとの長い国境の一部分に沿って、イラク領に侵入するのに成功しました。イラン国境とバグダッドの双方に近いドゥジャイルは、イランで創設されイラク政府打倒を公約したダーワ党の地下組織の中心でした。ダーワ党は、共産党と同様イラク国内では非合法とされていました。
フセイン大統領の乗った車は、ドゥジャイルを通過中に発砲され被弾しました。何人かの人はがイランに向かって逃げるのが目撃されました。その地域では、数日間にわたって銃撃戦と小規模の戦闘が続きました。イラクのヘリコプターは、暗殺者が隠れた道に隣接した果樹園を爆撃しました。その道は、バグダッド北部からドゥジャイル、ティクリート、サマッラ、モスル、そして戦時中重要な輸送ルートだったトルコ国境へとつながる、幹線自動車道路でした。
何日かたって、ドゥジャイルで数百人の人々が逮捕され取調べを受けました。その人数は村の人口に対し2%に満たず、たいへん限られていました。拘留施設を確保するために、逮捕された人々はバグダッド近くのアブ・グレイブに移送されました。現在のアブ・グレイブ刑務所は、その後に建設されたものです。ほとんどの収容者は、子ども達が両親と切り離されないよう、数ヶ月のうちに、ドゥジャイルとイラン国境から離れた西にある砂漠の中の拘置所に家族丸ごと移されました。彼らのほとんどは、2003年に解放されドゥジャイルに帰還するまでそこに留められていました。
米国は、1941年12月7日の日本軍の奇襲攻撃後、1942年の2月から3月にかけて西海岸の日本人と日系アメリカ人11万人を逮捕しました。彼らの所持品はすべて没収され、1945年まで不毛な拘置所に彼らを監禁し続けました。
ドゥジャイルの中の道に隣接した果樹園は、大統領の乗った自動車に発砲した人々の姿や、イラン人やイランに同調する人々を将来隠す潜在的な覆いとなるために、伐採されました。皮肉にも、ドゥジャイルの住民だった被疑者の2人は、破壊された果樹園の所有者でした。すべての所有者はその損害を補償されました。
イラクの司法制度に基づいた2年間の調査を完了した後、ダーワ党と自白した148人が、戦時中イランに武力支援を提供するために武装蜂起した反逆罪で告発されました。2週間以上にわたって、イラク法廷は、調査記録と自白(被疑者の答弁に相当する)を照査し、有罪判決を下しました。死刑が求刑されました。
1年後の1985年、裁判官と法律専門家による見直しと、法に基づく大統領の署名による執行命令によって、死刑が確定しました。何人かの被疑者が処刑されました。刑務所で亡くなった人もいました。反逆を犯した時点で何人かは18歳未満だった可能性もあります。フセイン大統領の弁護側の証人は、最近ファルージャで生存している被疑者の何人かに会ったと証言しています。
SITが、1982年から85年の裁判記録の見直しを命令することも、弁護人に資料を引き渡すことも拒絶したため、司法の独立が保たれ、裁判が公正に進められたことを示す文書上の証拠を、記録に見つけることはできませんでした。この事件に関するSITの裁判長は、ドゥジャイル法廷での8人の被疑者のうちのひとりでした。彼は、議事進行の信頼性を証明するため、SITの裁判記録を常に擁護しましたが、実態は裁判官が大声で黙らせているだけのものでした。
ジョージ・W・ブッシュは、テキサス州知事任期中、152人の死刑執行に署名しました。女性、発達障がいの人、ウィーン条約に違反した外国人、犯罪を犯した時点で18歳未満の人など。ブッシュは一切、刑執行の容赦も刑の軽減もしませんでした。ニューヨーク・レビュー・オブ・ブックス2005年1月13日のHelen Prejean氏の記事「Death in Texas」をご覧下さい。
(訳注:書評URL http://www.nybooks.com/articles/17670)
ドゥジャイル事件がまさに持ち出されたのは、一般に失望を招きました。それは、司法の問題であり、100万人が死んだ戦争中の事件だったからです。暗殺計画は、イラク国外では知られておらず、国内では忘れられた主要ではない事件だったのです。イラン・イラク戦争での指導、クウェート侵攻、湾岸戦争勃発時蜂起したシーア派とクルド人に対するイラク政府の反応、1984年から86年にかけて北部クルド人居住地域でのイラク軍とイラン軍の毒ガスの使用こそが、主要なできごとであり、国際的にも認知され、それぞれ数万人規模の死をもたらしたのです。ドゥジャイル事件を最初のケースに選ぶとは信じられない、と法学者に広く批判されました。
ドゥジャイル事件が最初のケースに選ばれた理由はまったくもって政治的なものです。
バース党のメンバーが排除され、前政府に反対する候補者だけが公職につくことができる選挙を米国が支援している間、サダム・フセインの政府に反対する米国の一部となっていたシーア派とクルド人の指導者たちは、資金を供与され、表舞台に立ち、一般大衆に知られるようになりました。他の候補者は、彼らの住む村、部族や個人的な知り合いの範囲でしか知られることはありませんでした。
新しい議会において、ダーワ党は他の政党よりも大きな力を持ちました。そして、政治権力を持つ最も高い公職にそのメンバーを選出しました。選挙後、新しいイラク最初の首相ジャファリ、そして2代目で現職の首相マリキは、いずれも、イランで創立され、バース党を打倒すると公言して、20世紀最後の10年間と21世紀初頭にイラク政府に対する暴力闘争(今の定義で言えばテロ行為)に従事していたシーア派政党ダーワ党の指導者です。
ドゥジャイル裁判は、これまで述べてきたように、イラク政府を倒すためにサダム・フセイン、タリク・アジズその他の人物を暗殺しようとしたことを含めて、ダーワ党による暴力行為に対してイラン・イラク戦争の期間中におこなわれた3年間の司法手続きに基づいています。
1982年、イラク政府がダーワ党の活動を阻止する、あるいは暗殺計画に対する復讐を果たそうと思いたったなら、調査や審理なしでダーワ党のメンバーを即刻公式に絞首刑にすることも、ヴァージニア、サウサンプトン・カウンティで奴隷解放運動を起こしたナット・ターナーを見せしめにしたように、頭をくいに串刺しにすることもできたでしょう。今回の件は、イラクに対する米国の侵略戦争と不法な占領で現在権力を握ったダーワ党がその力を誇示し、復讐を実行するための、復讐劇にほかならないのです。
■現状で被疑者をイラク政府に引き渡せば、国際法の将来を脅かし、悲惨な内戦を引き起こすでしょう
イラクの現政府へサダム・フセイン大統領と他の元職員を引き渡せば、イラクが分裂することは避けられません。タラバニ大統領、マリキ首相を含むシーア派とクルド人のすべての指導者は、刑執行の委任を言明しました。死刑はまぬかれないでしょう。身体的虐待と拷問が懸念されます。国際法と正義に拭うことのできない汚点を残すことになります。
2006年の9月2日、300人のイラクの部族指導者の連合は、サダム・フセインが大統領に復帰して、米国が主導する軍隊に武力抵抗を呼びかけるため、彼の解放を要求しました。大部分がスンニ・アラブ人の一族首領は、150万人を擁するアル・オベディ族も含んでいます。彼らは、サダム・フセインと彼の共同被疑者に対する容疑を放棄するよう要求しています。例えば、ワシントン・ポスト紙2006年9月3日の記事を参照してください。
もし、サダム・フセイン大統領と副大統領タハ・ラマダンを含む、ドゥジャイル事件の被疑者が、彼らの「公然の」敵の保護下に移送されれば、その運命を一蓮托生と考えるスンニ派とその他のイラク人のほとんど大部分は、最後までたたかい続ける以外、代案を見出せないでしょう。
米国が保護している刑事被告人達を、彼らを保護するはずのないイラク現政府に引き渡す前に、国連の適切な機関がISTの適法性と公正さを再調査し、決定しなければなりません。それがいかに危険なことかを理解するには、イラク政府機関による無制限の拷問に対する言及を含めたイラクでの拷問に関する2006年9月21日、ジュネーヴの国連人権委員会前での国連特別調査官の報告を思い出すだけでも充分でしょう。
国連本体がISTやこの件に関する行為が不当であり、公正に対する国際基準を破ると判断すれば、ISTが下したいかなる有罪判決や宣告も、無効とされなければなりません。
公正さに対する国際基準に深刻な損害、国際法の屈辱的な失敗、そして、すでに人々を耐え難い恐怖、暴力、死で苦しめている内戦という二重の厄災を取り返しがつかないほど悪化させる危険に直面して、
国際基準によってISTとその審理が適法で公正に行われていると判断できるまで、米国によって肉体的に拘束されているこれらの刑事被告人を現イラク政府に移送されるのを防ぐため、国連に加盟するすべての国と団体とともに、貴殿の国の政府も行動するよう貴殿を通じて、謹んでお願いいたします。
国際司法裁判所に、国連総会でドゥジャイル事件の審理の適法性に助言的意見を与えるよう要求するべきです。このような要求の枠組みをつくり、他の国連加盟国に協力を求めるよう支援してくださいますよう、お願いいたします。
さらに、国連人権委員会が、ドゥジャイル事件の審理の独立、公平、および公正さを決定し、その進行において基本的人権のあらゆる違反を検証するよう請願する枠組みづくりも支援してくださいますようお願いいたします。
貴殿のイニシアティヴと行動が、平和、国際法、そして正義のために重要です。
敬具。
ラムゼイ・クラーク
(仮訳 どすのメッキー 2007.1.2 一部訂正 2007.1.3)
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