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2007/01/29

表現だけの問題ではない ~ 厚労相「産む機械」発言

 男は戦争の鉄砲玉、女はその兵士を産むためのもの、という思想は支配者が長らく受け継いできた典型的な考え方です。柳沢厚労相の発言は、おそらく安倍内閣の多くの閣僚の本心であり、決して表現上の問題ではありません。このような発言を臆面もなくする人間が、国政で、健康維持のシステムづくりを通して国民の人権を守る最高責任者である厚労相に相応しくないのは言うまでもありません。

 しかし、「産む機械」という言葉にとらわれ過ぎると、柳沢氏の発言の本当の「不適切」さを見逃すことになります。私は、少子化が果たして問題なのかどうか判断を留保しますが、少なくとも現在の日本の少子化は、貧困な労働環境、住宅環境、教育環境など多くは政治の不手際なのに、それを女性個人個人の責任にすり替えたことが最大の「不適切」ではないでしょうか。野党はこの点をこそ、安倍政権の根本的欠陥として追及すべきです。

 まして、子どもを何人産むかは基本的に個人個人の考えかたに任されるべきことがらであり、たくさん産むことが美徳という思想を国家が一方的に押し付けるのは間違っていると思います。

 子どもをたくさん育てたいと思う親が安心して子どもを生める社会システム、生まれてきた子ども一人ひとりが人間として大切にされる教育制度づくりこそ、国家の責任であり、それを軽視して何が「美しい国」なのでしょうか。

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2007/01/21

納豆だけならまだいいが…

 ダイエットは、真面目に考えれば食べる量を減らして適度な運動をする以外王道はないのですが、人間は私も含めて横着ですから何か楽な方法があれば、お金を払ってでも飛びつきたくなります。しかも何度失敗しても。有象無象の健康食品・器具メーカーや自称健康評論家にとって、これ以上美味しい市場はありません。

 フジTV系「あるある大事典」の納豆ダイエットのデータ捏造の件。まあ、お粗末なもので、部分的に誤魔化したというのでなく何も根拠がなかった、というのに等しいですね。 日本のTVでは、似非実験を演出に使うハウツー番組があふれています。しかし、科学番組としてETVが供給している一部を除いて、残念ながら信頼できるものはまずありません。実験と呼ぶからには、最低限、第三者が再現できる客観性が必要ですが、制作者は悪意があるなしにかかわらず、そういうイロハを知らないのではないでしょうか。

 ところが、公共の電波で有名なタレントが紹介する効果と言うのは絶大で、私の住む地域のスーパーでは、放映の翌日午前中には、棚から納豆が売り切れ空の状態になりました。食品のブームは多々あれど、ひとつの食品がこれほど集中して売れるのは滅多にある話ではありません。それ以後、女性週刊誌なども、納豆の効果を追認するような記事を掲載したものですから、品薄状態はなかなか改善されず、もともと納豆好きの私の家族が閉口していたら、この顛末です。

 もともと納豆は安くて身体によい食品の代表みたいなもので(循環器系に疾患を持つ方等は避けたほうが良い場合もあります)、欧州でも今ブームだそうですから、食べて損をした人はいないでしょう。今急に納豆をやめると、いかにもTVに踊らされたのがばれますから、市場が落ち着くにはもう少し時間がかかるかもしれません。

 で、何を言いたいか、というと、人はこんなに簡単に騙されるということです。(+メディアはこれほどまでにいい加減だということです)納豆業界の方はいい迷惑でしたでしょうが、これが、人の生命にかかわる話だったらどうでしょう。わたし達が、もっと大事な話なら慎重になるというのは楽観的過ぎます。むしろ、大事な話ほど不安感が募り、理性的な判断が出来なくなるのが人間です。関東大震災でデマを信じて普通の人々が朝鮮の人を虐殺した事件は、デマを流した者の犯罪性もともかく、人間の理性がいかに弱いかを実証しています。

 最近の例を挙げましょう。

 世界的に権威のある科学雑誌「ネイチャー」が、日本政府が横田めぐみさんの遺骨を鑑定した結果は信頼できないと、その威信にかけて指摘したのに、北朝鮮捏造説をかんたんに信じてしまいませんでしたか?子どもの自殺の件数はこの30年近く変化していないし、少年の凶悪犯罪件数は減り続けているのに、最近の子どもは生命の尊厳を理解していない、という主張に頷いていませんでしたか?サダム・フセイン元大統領の処刑がイラクの民主化の第一歩と聞くと、そうかもしれないと思いませんでしたか?イラクに結局大量破壊兵器はなかったのに、それを理由に攻撃が始まろうとしている時、そんなことは上の人が確かめることだと傍観していませんでしたか?日本国憲法の草案は紛れもなく鈴木安蔵ら日本人が作成したのに、GHQの押し付けだという宣伝を鵜呑みにして、たったそれだけで改憲を支持していませんか?

 特定の立場や条件の人にあまりに都合の良すぎる話は、ねずみ講でなくても、一遍は眉につばをつけて検証してから信じても、決して遅すぎることはありません。特に自分に有利な言説ほど疑ってかかるくらいがちょうどいいのです。あなたを騙すのは、意識的な敵ばかりではないのですから。

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2007/01/13

サダム・フセインの不法な処刑は米国の戦争計画の一部だ

 サダム・フセイン元大統領の処刑が、イラク全土に更に悲惨な地獄図を現出させるという懸念は、1週間も経たないうちに、残念ながら、現実になってしまいました。

 この間、イラク高等法廷とその判決、マリキ政権の処刑実行とその後の対応について、集中して批判してきました。そして、さらに増派を行い地獄の火に油を注ごうとしているブッシュ政権に無条件で追従する日本政府の危険性も指摘しました。

 市民平和グループ「STOP USA」が処刑直後に掲載した記事を紹介して、この問題のひと区切りとしたいと思います。わたしは、この問題について事実を詳細に報道するよう、先日大メディア各社に意見を送りましたが、ブッシュ「新政策」を批判する根拠としても、多くの方の共通認識となることを願います。

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【サダム・フセインの不法な処刑は米国の戦争計画の一部だ】
"Saddam Hussein's illegal execution is part of US war plan"
(By Bert De Belder, STOP United Stares of Aggression, 31 dec.2006)
 http://tinyurl.com/ycp284
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 12月30日の土曜日早朝、イラクの絞首刑執行人は、サダム・フセインを処刑しました。イラクの元大統領は、1982年ドゥジャイルの村人148人を処刑した件で、公式に有罪を宣告されました。事実、サダムはイラクの石油と主権を明け渡すのを拒んだために米国に抹殺されたのです。彼の処刑は、米国の戦争犯罪の長いリストにもうひとつ項目を加えたに過ぎません。

 サダムの審理と処刑は、国際人道法をあからさまに無視して行われました。それは、アムネスティ・インターナショナル、ヒューマン・ライツ・ウォッチ、そして世界中の平和組織の見解です。表向き、サダムの審理はイラクの国内問題ですが、アメリカの指紋がいたるところについています。サダムを逮捕したのは米軍で、彼はまず米国の空軍基地キャンプ・クロッパーに拘留されました。イラク特別法廷の条文は米国の法律家が作成しました。米国は、裁判所に1億ドル以上を投資して審理に直接介入しました。都合のいいことに、選挙でブッシュ支持を増やすため、まさに米国で選挙が行われるのに合わせて有罪判決が下されました。イラクのひどいニュースをブッシュと彼の一味が帳消しにするためには、サダムの処刑はまたとない宣伝材料なのです。バグダッドへ、つまり、米国がすでに十分損失をこうむった戦争にブッシュはさらに兵を送ろうとしています。

■正義と抵抗

 サダムは、決しておとなしい子羊ではありませんでした。しかし、イラクの人々をクラスター爆弾や白リン弾で攻撃した人々はいつ法廷に立つのでしょうか。彼らはまた、ファルージャとナジャフを包囲し、爆撃と兵糧攻めで人々を虐殺した件で有罪であり、イラク「解放」後人々が我慢しなければならなかった無政府状態と混乱の責任をとらなければなりません。2003年3月の侵略以降殺された65万5000人のイラク人にとって、正義の審判はいつ下されるのでしょうか。アブ・グレイブ刑務所での拷問、そして、米国と英国が行ったその他おびただしい戦争犯罪の犠牲者は何だったのでしょうか。トミー・フランクス、ドナルド・ラムズフェルド、ジョージ・ブッシュ、そしてトニー・ブレア、彼らが裁きにかけられる日はいつか来るのでしょうか。

 サダム・フセイン政権をどのように評価するにしても、占領下の地獄と混乱に比べたらサダムの時代の方がましだと、これまで多くのイラク人が語っています。イラク調査戦略研究センターが最近世論調査を行いました。それによると、約90%のイラク人が、占領前の状況の方が良かった、と回答しました。少なくとも、社会が安定していて、一定の経済力があり、健康を保ち教育を受ける手段が確保されていました。今それらは、遠い昔の記憶の中に見つけられるだけです。

 3年前、サダムが逮捕されても、抵抗運動を抑えることはまったくできませんでした。おそらく、サダムを処刑した後も変わらないでしょう。それどころか、抵抗運動は現在徐々に激化さえしています。ペンタゴンの最新の報告書によれば、2006年8月から11月まで、イラクでは毎日平均959件の攻撃があったとされ、その70%は、連合国、すなわち米国とその同盟国に向けられた攻撃でした。この数字は、2004年4月から7月の期間より2.5倍も多くなっています。この12月は、106人の民間人が犠牲になり、米兵の犠牲者もこの1年で最悪の月になりました。イラクで殺された米兵の総数は2993人にのぼります。サダムの処刑が米帝国主義を敗北と屈辱からどうやって救い出すのか、想像するのは困難です。

(以上仮訳byどすのメッキー)
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2007/01/12

核の二重基準

 安倍首相とブレア英首相は、9日ロンドンで初の首脳会談を行い、声明を発表しました。その中で、核兵器不拡散条約(NPT)に基づき、共同で「ミサイル発射や核実験の発表を含む最近の朝鮮半島情勢に重大な懸念を表明し、北朝鮮に対し国連安全保障理事会決議第1718号の遵守、特にすべての核兵器及び既存の核計画の放棄を求める」ことを確認しました。

 しかし、まさに同じ日、日本政府は、核兵器を保有し、NPTにも加盟してないインドに対し、日本企業が原子力発電所建設などに参入することを容認する方針を固めたのです。

 すでに昨年12月18日、ブッシュ大統領は、インドへの原子力協力を可能にする「米印平和原子力協力法案」に署名し、同法は発効しています。インドは、中国と同様、膨大な労働力とエリート養成によって、あらゆる分野で今世紀最も市場の拡大が見込まれる地域であり、そのひとつ原子力市場でも米企業が主導権を握ろうとする積極的野心のあらわれです。この法案で米国は、核の脅威に対処するためインドの国際機関への参加や、核実験の凍結を迫っているそうですが、まるで説得力がありません。

 インドと競って核兵器を保有したパキスタンにも、米国はしばらく経済制裁を行っていましたが、911以後パキスタンが米国のアフガン攻撃を支持するのと引き換えに制裁を解除し、その後パキスタンは米国の準同盟国そして、経済が好転した経緯があります。

 日本企業の参入は、これまた「米印平和原子力協力法案」を支持し、歩調を合わせたもので、曲がりなりにもNPT体制堅持を掲げてきた日本の例外措置となります。

 国内で販売されているインド株ファンドの純資産は6か月連続前月比で増加し、06年3月に記録した9353億円を超え、過去最高(前年比35%増)に達しようとしています。被爆国の政府が、核廃絶や核戦争回避の原則よりも、米国と一緒の金儲けを優先させることが何故、簡単に許されるのでしょうか。そして、こうも露骨な二重基準を恥じない国が、北朝鮮に核廃絶を迫れるはずもありません。

 昨年12月の6か国協議においては、北朝鮮があらゆる面で譲歩を拒否し、全く進展が得られなかったと日米政府は報告しましたが、協議後、中国政府筋は、経済制裁を解除すれば、北朝鮮は核兵器開発を放棄するオプションを用意していたことを伝えました。6か国協議を失敗させ、北朝鮮を核に固執させている責任は誰にあるのか、冷静に考えてみなければなりません。

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「本当の災厄」を招き入れる安倍政権

 ブッシュ米大統領は10日夜(日本時間11日午前)、イラク新政策についてホワイトハウスから国民向けに演説し、「新政策」を発表しました。その内容たるや、どこが「新」なのか分からない代物です。泥沼のイラクに更に2万人以上を増派し、2009年までにイラク戦争と占領に投入する資金は累計5000億ドル(約60兆円)に達すると見られています。いまや日本最大の脅威とされる北朝鮮の2006年度の国家予算総額は30億ドル以下と推定されていますから、その実に167倍です。イラク戦争が始まってからの年数で割っても1年平均625億ドルとなり、20倍以上です。北朝鮮の軍事費10億ドルと比較したら60倍です。これだけの巨額を戦争と占領、つまり人を殺すために浪費しているということです。

 上下両院で多数となった米民主党が、その存在意義にかけて増派に反対するのは当然で、チャック・ヘーゲル上院議員は、ブッシュ「新政策」を「この国にとってベトナム戦争以来の最大の外交的失策になる。私は抵抗する」と警告しました。

 米市民の批判は更に厳しく、9日に発表された世論調査(USAトゥデー/ギャラップ)の結果によると、一般国、兵力増強案については反対が61%で、賛成36%を圧倒し、ブッシュ大統領のイラク政策を支持する人は26%と過去最低を記録、回答者の8割が、政府の期待に反しさらにイラク情勢は悪化すると悲観的な見方をしています。この演説に対し、NYタイムズは社説で「The Real Disaster」(本当の災厄)という見出しをかかげ、痛烈に批判しました。「ブッシュ大統領は、イラクでの失敗は災厄だったと国民に言ったが、ブッシュの戦争こそ災厄だ。昨晩は、彼がこれ以上国民に不信を広げるのをやめて、正直になるチャンスだったのに、そうしなかった」「The Real Disaster」と言う言葉は、すでにあちこちで引用されています。

 さらに、ブッシュ政権はイラクでの失敗の無謀なリベンジを狙って、イラン近海へも攻撃部隊を派遣したばかりか、ソマリアでも「テロ掃討」の爆撃を行いました。

 しかし、ベトナムや太平洋戦争をも超える、想定外の戦争長期化で、米国といえども、軍事作戦を拡大する体力が潤沢に残っているわけではありません。

 孤立するブッシュ政権の最後の頼みの綱が、日本の安倍政権であることは言うまでもありません。

 日本の麻生外務大臣は、ブッシュ大統領の「The Real Disaster」演説を「イラクの安定化に向けた米政府の更なる努力として評価」し、「我が国は、引き続き米国と緊密に協議・協力していく」
 http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/danwa/19/das_0111.html

と談話を発表しました。塩崎官房長官も、「日本政府は米国政府のさらなる努力として評価する」と早速支持を表明したほか、内閣官房関係者の間でも、「苦境にある米国を支援するのが同盟関係だ」との声が多いそうです。そこには、対米従属以外、何が正義かとか、自国の理念とかは微塵も感じられません。まさに「美(しい)国」(中国語表記のアメリカ合衆国)そのものです。

 これに並行して、日本政府は、次の通常国会でのいわゆる海外派兵「恒久法」成立は断念するものの、7月末に期限が切れるイラク特別措置法を1年延長する方向で調整を進め、早ければ4月中にも改正法案を国会に提出する方針を固めました。

 与党は、憲法改定のための「国民投票法案」について、従来の姿勢を転換し、民主党の合意がなくても、与党単独で修正成立させる意向を最近表明しだしましたが、これは、ブッシュ大統領の「新政策」と決して無関係ではありません。

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2007/01/08

ラムゼイ・クラーク氏 イラク高等法廷に関する各国国連大使への公開書簡 (仮でない)完訳!

 年頭に拙訳でご紹介したラムゼイクラーク氏の公開書簡は、皆さんのご協力で、私一人では手の届かない多くの方に読んでいただくことができました。

 改めてお礼申し上げます。

 そして、この重要な内容をさらに広げるために、貴重なお力添えを頂きました。武蔵工業大学環境情報学部教授で、環境行政改革フォーラム代表の青山貞一さんが、独立系メディア「今日のコラム」

 http://eritokyo.jp/independent/aoyama-column1.htm

でこの文章を取り上げ、正確で洗練された再訳文をご提供くださいました。これなら、メディアにも自信を持って、配れます。(私の訳文も最初のアジス元副首相の件以外は大筋間違ってはいなかったようでほっとしていますが…)

 青山さんの新しい訳文は、以下で読めます!↓
 http://eritokyo.jp/independent/aoyama-col7325.html

 この件については、昨晩(7日)、NHKの報道番組でも問題を指摘していましたが、依然、処刑映像の流出ばかりが強調され、肝心の裁判でどのような不正が行われたかについて、またドゥジャイル事件の真相についてもほとんど触れられませんでした。これでは、アムネスティら人権団体が訴えてきた「人権侵害の被害者に真の正義をもたらすためには、被疑者に対する公正な裁判が不可欠」という原則は日本国民には伝わらず、昨今の風潮を見ると、国内の裁判においても、そうした原則が守られなくなる懸念を抱かざるを得ません。

 携帯電話で撮影した画像が流出したのが問題なのではなく、そこに写った光景が問題なのに、マリキ首相が流出させた人物の責任ばかり追求しているのを、どうして日本のメディアは疑問に思わないのでしょう。すでにスンニ派の「報復」を恐れた掃討作戦でスンニ派の人が30人以上殺されています。マリキ首相は、フセイン元大統領の処刑にクレームをつける近隣アラブ諸国とは断交するとさえ言っています。この政権のどこが、フセイン政権よりマシだというのでしょうか。

 それでも、こうして事実を伝えていく中で、抵抗と共感の輪が広がっていくことは、大きな励みです。正月を潰して辞書と格闘したかいがありました。

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2007/01/05

「不法な」処刑はアラブを激怒させる

 今日は、久しぶりにエレクトロニック・イラクから記事を紹介します。

 犠牲祭の最中に処刑を行うことの衝撃は、わたし達にはなかなか実感しづらいですが、以下のレポートを読むと、ムスリムの人たちにとっていかに異常な行為だったかが、少しは伝わってくるでしょう。

 高遠さんら、日本人人質事件のときに力を尽くしてくれたイスラム聖職者協会、そして占領軍との徹底抗戦を呼びかけたアル・サドル師ら、お馴染みで、もしかしたら忘れかけていたかもしれない名前も出てきます。今回の茶番劇に対する彼らの姿勢も想像しながら、お読みください。

 人名や用語については、慶應義塾大学経済学部の延近充教授作成の以下「イラク戦争関連用語集」も、ご参考になさってください。

 http://www.econ.keio.ac.jp/staff/nobu/iraq/glossary.htm

(以下転送・転載歓迎)
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【「不法な」処刑はアラブを激怒させる】
 'Illegal' Execution Enrages Arabs
 http://electroniciraq.net/news/2784.shtml
(Dahr Jamail and Ali Al-Fadhily, Electronic Iraq, 2 January 2007)
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バグダッド(IPS)-かつての独裁者サダム・フセインの処刑が、イスラムの犠牲祭(イードルアドハ)の始まる日に実行されたことは、イラク人と中東全体の人々の怒りを買いました。

 サダム・フセインは、イスラム世界で慈悲と祝祭のまさにその日に絞首刑になりました。その日は通常、神を敬うため父預言者アブラハムに殺されたイスマエルの無垢な血をあらわす子羊の生贄で祝われます。

 リズガル・モハメド・アミン判事、彼は最初にサダム・フセインの審理を担当したクルド人判事ですが、犠牲祭の初日の処刑がイスラムの習慣を破るだけでなく、イラクの法律に触れると、リポーターに語りました。「イラクの法律では」アミン氏は言いました。「審判は、公の休日や、宗教の祭日に行われるべきではありません」

 イラクのシーア派、とくに米国を支持するイラク政府内のシーア派は、処刑をアッラーが彼らを支援する徴と考えていますが、イラクと中東の多くのスンニ派は今、偉大な殉教者としてサダム・フセインを理解しています。

「サダム・フセインは今世紀最も偉大な殉教者である」ヨルダン、アンマンの学生Ahmed HanousyはIPSに語りました。50歳になるバグダッドの老人は「アメリカ人とイラン人は、この処刑でアラブ全体を侮辱しようとしたのです」と言いました。

 他にもいろいろな見方をする人がいます。シーア派暗殺隊によって自分の家から立ち退かされた55歳の老人Sabriya Salihは、「私はこの結末に満足しています。あまりに多くのことがありすぎて、今にくよくよしていられませんが、サダムはなんと神聖な死を受け入れたことでしょう」とIPSに語りました。

 Salihは一息ついて付け加えました「サダムは、1年の最も神聖な瞬間に巡礼者とともに死を迎え、まさに『アッラー・アクバル(神は偉大なり)』と呼びかけながら巡礼の旅を終えたのです。まるで、神が彼にその栄光を与えるつもりだったように。」

 公式な怒りの表明としては、リビアが処刑の時期を非難し、3日間公式に喪に服すことを発表しました。犠牲祭も取りやめられました。サウジアラビア政府も処刑の時期を非難しました。

 多くのイラク人が、処刑直前の場面を見て心をかき乱されました。「彼らは私たちにビデオを見せて驚かしました。」40歳のUm SammyはバグダッドでIPSに語りました。「私の幼い子どもが恐怖におびえて泣き叫ぶのを聞いたとき、客をもてなすお菓子を準備するのに忙しかったのです。子どもたちはすべて恐怖に震えていました。」

 ファルージャからバグダッドに逃れた難民の9歳の少女は、テレビで映像を見たとき泣き叫んだと言いました。「どうして、あの人たちは犠牲祭の最中に処刑したのですか?どうしてわたし達を脅えさせるような映像を流したのですか?」

 その後、目撃者が携帯電話で撮影した処刑の映像は、サダムが最後の瞬間死刑執行人に罵られていることを示しました。ビデオは、異なる方法でイスラムに従うスンニ派とシーア派の間の緊迫した対立を悪化させました。

 日曜日アル・ジャジーラの第一報では、映像はムハンマド・バクル・アル・サドルを礼賛する何者かによって撮影されたと報じました。シーア派ダーワ党の創始者で、シーア派聖職者ムクタダ・アル・サドル師の叔父であるアル・サドルは、1980年サダムによって処刑されました。

 絞首台の下から彼を罵るもの達に微笑むサダムの姿と相まって、これは、サダムへの同情を明らかに拡大しました。スンニ派のイスラム聖職者協会は、処刑を非難する声明を発表しました。協会は、この処刑は「アメリカ人のために」ヌーリ・マリキ首相の政府によって行われたと言いました。

 サダムの首に縄をかける者がアル・サドルを礼賛したという事実は、ムクタダ・アル・サドルの民兵組織マフディ軍が、イラク治安部隊の少なくともある大きな部分を支配している証拠です。これは、治安部隊にシーア派市民軍が深く潜入しているとするスンニ派の見解を裏付けるものです。

 サダムの弁護団のナジブ・アル・ヌアイミは、処刑の翌日、スンニ派の弁護士は処刑の立会いを許されなかったとレポーターに語りました。「これは正規の手続きを踏んでいません。」アル・ヌアイミは言いました。彼は、処刑は復讐行為と政治的な目的のために実行されたのだ、と付け加えました。

「現政府と米国の同盟国のほうが愚かです。」ラマディでスンニ派の聖職者がIPSに語りました。「彼らは、あらゆる手を尽くして、サダムに1年で最高の瞬間に最高の死を与え、彼を英雄にしたてたのです。」

 この動きに深く立腹した人たちもいました。アリと名乗るごみ収集人は、ニュースを聞いて泣いたと話しました。「どうしてこんな日に殺すことができるのでしょう」彼は言いました。「サダムはまだ69歳でした。彼が刑務所で死を迎えるまで、彼を生かしやることもできたろうに。」

 シーア派の一部は、彼ら自身の理由のために処刑の時期に反対しました。「あんな風に彼を殺すことで、彼の処刑に対するわたしの希望を損ねてしまいました」バグダッド西のWashash村から来た35歳の女性IlwiyaはIPSに語りました。「時期が悪かったために、彼はこれから殉教者と呼ばれるでしょう。」

 これまでのところ、処刑のあともイラク全土で暴力がやみません。米軍は、報復攻撃を予想して、厳戒態勢に置かれました。

 すでに、3000人を超える兵士がイラクで死にました。そして、ペンタゴンによれば、米軍は、1日当たり100件を越える攻撃にさらされています。

(仮訳 どすのメッキー 2006.1.4)
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 URUKニュースが、サダム・フセイン元大統領処刑後のイラクの情勢をつぶさに報告していますが、とりわけ印象的なのは、4日配信された以下の記事です。

 死刑の罪状となった「ドゥジャイブ事件」の舞台ドゥジャイブの人々が、サダムの死を悼み、墓参したというのです。

【ドジャイル住民がフセイン埋葬地を弔問】
 http://geocities.yahoo.co.jp/gl/uruknewsjapan2006/view/20070104/1167913295

 「サダム悪魔論」で単純に割り切っていては、こういう複雑な内情や、そこにこめられた人間らしい感情を読み取ることはできません。

 犠牲祭期間中の処刑について、イラクの人がどう感じていたか、バグダードバーニングの最新の記事も必見だと思います。読めば辛くなりますが、どうか、目を背けないでください。

 【リンチ(私刑)...】
 http://www.geocities.jp/riverbendblog/0611.html
(バグダッド・バーニングbyリバーベンド 31 Dec 2006)

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2007/01/02

イラク高等法廷は、米国追従とダーワ党の復讐劇以外のなにものでもない ~ ラムゼイ・クラーク氏が判決前に各国国連大使に送った書簡

 インターナショナル・アクション・センターのラムゼイ・クラーク氏が、イラク高等法廷(IST)でサダム・フセイン元大統領らの最初の判決が下されるのを前にして、2006年10月10日、各国国連大使宛に書簡を送っています。

 ラムゼイ・クラーク氏は、ISTが、イラクの「民主化」などとは程遠い、アメリカの中東政策の道具そのものであり、フセイン政権時代の幹部を葬り去ることだけを目的としたきわめて不公正なものであったことを暴露しています。

 米国の元司法長官で、現在は民衆の側からとらえた生きた国際法の世界最高の専門家の一人であり、湾岸戦争以後、米国の戦争犯罪を実証的に告発し続けたラムゼイ・クラーク氏の文章の全文を、仮訳し、ご提供します。

 すでにフセイン氏の死刑は執行され、多くの事実が闇に葬られると同時に、イラク政府の米国かいらい化が強まり、悲惨な内戦がさらに激化しようとしています。

 また、世間では、フセイン悪魔論に固執して、現在政権主流のダーワ党の危険性については、ほとんど指摘されていません。しかし、ブッシュ大統領が一掃しようとしている「テロ」行為との結びつきは、フセイン元大統領より、ダーワ党のほうが明白です。

 昨年9月国連がイラク内での拷問(米軍によるものでなく)について調査報告をまとめなければならなかったことを考えても、フセイン元大統領の処刑によって、イラクは、フセイン政権よりもはるかに危険な時代に突入しつつあると、わたしは考えざるを得ません。

 以下、かなり長文ですが、最後まで目を通していただき、この件の事実に関心を持つ契機としていただければ幸いです。

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★☆重要☆★(2007.1.3訂正)ご提供した文章に1箇所重大な翻訳ミスがありました。以下、お詫びして訂正いたします。URUKニュースの山本史郎さんにご指摘いただきました。改めて感謝申し上げます。

(訂正箇所)見出し【ドゥジャイル事件】の直前

(最初の誤訳)「副首相タリク・アジスは、サダム・フセインが彼の命を奪おうとしたことを強力に支持する証言を行い、何の責もなく米国の保護下に留まっています。」

(正しい訳)「副首相タリク・アジズはサダム・フセインを強力に支持する証言をおこない、そのためにタリク・アジス氏自身の生命を危険にさらしています。彼は何の容疑も明かされないまま米軍に拘束されています。」

 すでに病状が悪化しているアジス元副首相は、サダムを告発すれば助けてやるという米国の懐柔を拒否し、「今の政府要人たちこそ国家反逆罪で裁かれるべきだ」と証言したそうです。最初のわたしの訳文では、全く反対の意味になっていました。アジス氏の名誉のためにも強調しておきたいと思います。
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(以下の訳文は、2006.1.3 訂正済です)
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(Ramsey Clark, October 10, 2006)
http://www.iacenter.org/Iraq/hussein-2-102006.htm

 イラク高等法廷のサダム・フセイン大統領およびその他の被疑者に対する不適法で不公正な審理は、国際法を脅かしています。

 被疑者の身柄を現イラク政府に引き渡す前に、国連機関によるイラク高等法廷の法にのっとった公平な調査が不可欠です。

 暴力の応酬で不安定な現在、ドゥジャイル事件の公判に基づいて被疑者をイラク政府に引き渡してしまえば、国際法の将来が脅かされ、イラクに悲惨な内戦を引き起こすおそれがあります。

国連大使閣下

 6月に行われたイラク高等法廷(IST)は、2006年10月16日に最初のケース(ドゥジャイル事件)に関して最終判決を下すことが予定されています。法廷の報道官は、2006年10月2日にこの日程に言及しましたが、確実なものではないと理由を挙げて説明しました。米国の法律家とイラクの政治家のどちらも、今は判決が2006年10月25日に言い渡されるだろうと述べています。ブッシュ政権は11月7日の米国議会選挙の前の判決を望んでいます。その日はいずれやって来ます。もし有罪判決が下されるなら、判決は同時に下されるでしょう。

 検察は、8人の被疑者のうち、少なくともサダム・フセイン大統領、タハ・ヤシン・ラマダン副大統領を含む5人に死刑を求刑しました。裁判長は、サダム・フセインの審理の前にはしばしば、被疑者に対する憎しみをあらわにして「裁判など必要ない。すぐ絞首刑にせよ」と言いました。また、裁判中すべての被疑者に対し「彼らの手は、生まれつき血まみれなのだ」と言い放ちました。

 この法廷に適用される法の下では、死刑は判決後30日以内に執行されなければなりません。10日以内の控訴が認められていますが、数日あるいは数週間で直ちに確定することもあり得ます。

■イラク高等法廷(IST)は、米国の政策の道具そのものです
■それは適法ではありませんし、独立していませんし、公平でもありません

 ISTの設立や運営は、米国の政治的意図を忠実に実行することを目指してかたちづくられ、支配されています。ISTは、2003年来米国がイラクに侵略戦争をしかけ、不法占領を続けている間の産物です。法廷は適法ではありません。審理自体が不公平なのは明らかです。その決定は、米国とその追従者など勝者のための裁きになるでしょう。

 IST設立の法律をかいたのは米国の法律家です。ISTは、米国が資金を提供しています。その構成員も、米軍によって選出され、訓練され、保護されています。米国はISTの動きを直接左右しています。侵略戦争から始まり現在の不法占領を機能させる米国の政策を助ける道具であることひとつとっても、ISTは決して適法ではありません。

 ISTは、公平性に不可欠な独立を欠いています。それは、米国と米国が支援するイラクの政治指導者たちが支配しようとする外部圧力にさらされています。法廷の裁判官3人は、重要な審理項目において法廷での判断が外部圧力をかける公然グループの意に沿わなかったため、更迭されました。

 弁護団のうち4人が誘拐され、拷問に遭い、そして殺害されました。法廷の職員と彼らの家族も殺されました。バグダッドとイラク全土を恐怖で覆いつくす無秩序で壊滅的な暴力は、それ自体、公正な裁判をできなくさせています。

 ISTの裁判官は公平ではありません。彼らは、サダム・フセイン政権下での犠牲者であることを主張するフセインの敵であることを認めています。ドゥジャイル事件での裁判長は、ハラジャのクルド人の村で生まれ育ちました。彼は、彼の血縁者や友人が1988年毒ガス攻撃で、多くの人とともに殺されたと主張します。彼はイラク政府に対する暴力を理由にバーシスト法廷で2度にわたり死刑宣告をされました。ISTは、有罪の判決を下すべく意図して設立されたのです。

 審理は正義が腐敗し、周知の通り、不公平で、公正さと手続きの適法性を全く欠いたものとして国際的に認められてきました。暴力のために、弁護側が、資料(すべて米国に握られていました)や目撃者の居場所を調査、発見する機会は得られませんでした。弁護側は、騒々しい証言と審理記録を転載することさえ許されなかったのです。

 検察当局は、7ヶ月の時間をかけてゆっくり事件を陳述しました。しかし、弁護は直ちに開始することを強いられ、5週間審問が続いた後、「あなた達が、34人の目撃者証言で無罪を証明することができないのなら、これ以上100の証言は必要ありません」と裁判長が言い出し、より重要な目撃者の証言が切り捨てられてしまいました。副首相タリク・アジズはサダム・フセインを強力に支持する証言をおこない、そのためにタリク・アジス氏自身の生命を危険にさらしています。彼は何の容疑も明かされないまま米軍に拘束されています。

■ドゥジャイル事件

 ドゥジャイル事件の罪状は、1982年夏イラン・イラク戦争期間中、ドゥジャイルという名前の村でサダム・フセイン大統領及び他の場所でのタリク・アジスを含むイラクの指導者の暗殺が試みられたことへのイラク政府の反応に関するものです。イランは、イラクの3.5倍の人口と1972年から76年の期間シャーが米国から購入した240億ドルの武器で、イラン領土からイラクを攻略し、イラクとの長い国境の一部分に沿って、イラク領に侵入するのに成功しました。イラン国境とバグダッドの双方に近いドゥジャイルは、イランで創設されイラク政府打倒を公約したダーワ党の地下組織の中心でした。ダーワ党は、共産党と同様イラク国内では非合法とされていました。

 フセイン大統領の乗った車は、ドゥジャイルを通過中に発砲され被弾しました。何人かの人はがイランに向かって逃げるのが目撃されました。その地域では、数日間にわたって銃撃戦と小規模の戦闘が続きました。イラクのヘリコプターは、暗殺者が隠れた道に隣接した果樹園を爆撃しました。その道は、バグダッド北部からドゥジャイル、ティクリート、サマッラ、モスル、そして戦時中重要な輸送ルートだったトルコ国境へとつながる、幹線自動車道路でした。

 何日かたって、ドゥジャイルで数百人の人々が逮捕され取調べを受けました。その人数は村の人口に対し2%に満たず、たいへん限られていました。拘留施設を確保するために、逮捕された人々はバグダッド近くのアブ・グレイブに移送されました。現在のアブ・グレイブ刑務所は、その後に建設されたものです。ほとんどの収容者は、子ども達が両親と切り離されないよう、数ヶ月のうちに、ドゥジャイルとイラン国境から離れた西にある砂漠の中の拘置所に家族丸ごと移されました。彼らのほとんどは、2003年に解放されドゥジャイルに帰還するまでそこに留められていました。

 米国は、1941年12月7日の日本軍の奇襲攻撃後、1942年の2月から3月にかけて西海岸の日本人と日系アメリカ人11万人を逮捕しました。彼らの所持品はすべて没収され、1945年まで不毛な拘置所に彼らを監禁し続けました。

 ドゥジャイルの中の道に隣接した果樹園は、大統領の乗った自動車に発砲した人々の姿や、イラン人やイランに同調する人々を将来隠す潜在的な覆いとなるために、伐採されました。皮肉にも、ドゥジャイルの住民だった被疑者の2人は、破壊された果樹園の所有者でした。すべての所有者はその損害を補償されました。

 イラクの司法制度に基づいた2年間の調査を完了した後、ダーワ党と自白した148人が、戦時中イランに武力支援を提供するために武装蜂起した反逆罪で告発されました。2週間以上にわたって、イラク法廷は、調査記録と自白(被疑者の答弁に相当する)を照査し、有罪判決を下しました。死刑が求刑されました。

 1年後の1985年、裁判官と法律専門家による見直しと、法に基づく大統領の署名による執行命令によって、死刑が確定しました。何人かの被疑者が処刑されました。刑務所で亡くなった人もいました。反逆を犯した時点で何人かは18歳未満だった可能性もあります。フセイン大統領の弁護側の証人は、最近ファルージャで生存している被疑者の何人かに会ったと証言しています。

 SITが、1982年から85年の裁判記録の見直しを命令することも、弁護人に資料を引き渡すことも拒絶したため、司法の独立が保たれ、裁判が公正に進められたことを示す文書上の証拠を、記録に見つけることはできませんでした。この事件に関するSITの裁判長は、ドゥジャイル法廷での8人の被疑者のうちのひとりでした。彼は、議事進行の信頼性を証明するため、SITの裁判記録を常に擁護しましたが、実態は裁判官が大声で黙らせているだけのものでした。

 ジョージ・W・ブッシュは、テキサス州知事任期中、152人の死刑執行に署名しました。女性、発達障がいの人、ウィーン条約に違反した外国人、犯罪を犯した時点で18歳未満の人など。ブッシュは一切、刑執行の容赦も刑の軽減もしませんでした。ニューヨーク・レビュー・オブ・ブックス2005年1月13日のHelen Prejean氏の記事「Death in Texas」をご覧下さい。
(訳注:書評URL http://www.nybooks.com/articles/17670

 ドゥジャイル事件がまさに持ち出されたのは、一般に失望を招きました。それは、司法の問題であり、100万人が死んだ戦争中の事件だったからです。暗殺計画は、イラク国外では知られておらず、国内では忘れられた主要ではない事件だったのです。イラン・イラク戦争での指導、クウェート侵攻、湾岸戦争勃発時蜂起したシーア派とクルド人に対するイラク政府の反応、1984年から86年にかけて北部クルド人居住地域でのイラク軍とイラン軍の毒ガスの使用こそが、主要なできごとであり、国際的にも認知され、それぞれ数万人規模の死をもたらしたのです。ドゥジャイル事件を最初のケースに選ぶとは信じられない、と法学者に広く批判されました。

 ドゥジャイル事件が最初のケースに選ばれた理由はまったくもって政治的なものです。

 バース党のメンバーが排除され、前政府に反対する候補者だけが公職につくことができる選挙を米国が支援している間、サダム・フセインの政府に反対する米国の一部となっていたシーア派とクルド人の指導者たちは、資金を供与され、表舞台に立ち、一般大衆に知られるようになりました。他の候補者は、彼らの住む村、部族や個人的な知り合いの範囲でしか知られることはありませんでした。

 新しい議会において、ダーワ党は他の政党よりも大きな力を持ちました。そして、政治権力を持つ最も高い公職にそのメンバーを選出しました。選挙後、新しいイラク最初の首相ジャファリ、そして2代目で現職の首相マリキは、いずれも、イランで創立され、バース党を打倒すると公言して、20世紀最後の10年間と21世紀初頭にイラク政府に対する暴力闘争(今の定義で言えばテロ行為)に従事していたシーア派政党ダーワ党の指導者です。

 ドゥジャイル裁判は、これまで述べてきたように、イラク政府を倒すためにサダム・フセイン、タリク・アジズその他の人物を暗殺しようとしたことを含めて、ダーワ党による暴力行為に対してイラン・イラク戦争の期間中におこなわれた3年間の司法手続きに基づいています。

 1982年、イラク政府がダーワ党の活動を阻止する、あるいは暗殺計画に対する復讐を果たそうと思いたったなら、調査や審理なしでダーワ党のメンバーを即刻公式に絞首刑にすることも、ヴァージニア、サウサンプトン・カウンティで奴隷解放運動を起こしたナット・ターナーを見せしめにしたように、頭をくいに串刺しにすることもできたでしょう。今回の件は、イラクに対する米国の侵略戦争と不法な占領で現在権力を握ったダーワ党がその力を誇示し、復讐を実行するための、復讐劇にほかならないのです。

■現状で被疑者をイラク政府に引き渡せば、国際法の将来を脅かし、悲惨な内戦を引き起こすでしょう

 イラクの現政府へサダム・フセイン大統領と他の元職員を引き渡せば、イラクが分裂することは避けられません。タラバニ大統領、マリキ首相を含むシーア派とクルド人のすべての指導者は、刑執行の委任を言明しました。死刑はまぬかれないでしょう。身体的虐待と拷問が懸念されます。国際法と正義に拭うことのできない汚点を残すことになります。

 2006年の9月2日、300人のイラクの部族指導者の連合は、サダム・フセインが大統領に復帰して、米国が主導する軍隊に武力抵抗を呼びかけるため、彼の解放を要求しました。大部分がスンニ・アラブ人の一族首領は、150万人を擁するアル・オベディ族も含んでいます。彼らは、サダム・フセインと彼の共同被疑者に対する容疑を放棄するよう要求しています。例えば、ワシントン・ポスト紙2006年9月3日の記事を参照してください。

 もし、サダム・フセイン大統領と副大統領タハ・ラマダンを含む、ドゥジャイル事件の被疑者が、彼らの「公然の」敵の保護下に移送されれば、その運命を一蓮托生と考えるスンニ派とその他のイラク人のほとんど大部分は、最後までたたかい続ける以外、代案を見出せないでしょう。

 米国が保護している刑事被告人達を、彼らを保護するはずのないイラク現政府に引き渡す前に、国連の適切な機関がISTの適法性と公正さを再調査し、決定しなければなりません。それがいかに危険なことかを理解するには、イラク政府機関による無制限の拷問に対する言及を含めたイラクでの拷問に関する2006年9月21日、ジュネーヴの国連人権委員会前での国連特別調査官の報告を思い出すだけでも充分でしょう。

 国連本体がISTやこの件に関する行為が不当であり、公正に対する国際基準を破ると判断すれば、ISTが下したいかなる有罪判決や宣告も、無効とされなければなりません。

 公正さに対する国際基準に深刻な損害、国際法の屈辱的な失敗、そして、すでに人々を耐え難い恐怖、暴力、死で苦しめている内戦という二重の厄災を取り返しがつかないほど悪化させる危険に直面して、

 国際基準によってISTとその審理が適法で公正に行われていると判断できるまで、米国によって肉体的に拘束されているこれらの刑事被告人を現イラク政府に移送されるのを防ぐため、国連に加盟するすべての国と団体とともに、貴殿の国の政府も行動するよう貴殿を通じて、謹んでお願いいたします。

 国際司法裁判所に、国連総会でドゥジャイル事件の審理の適法性に助言的意見を与えるよう要求するべきです。このような要求の枠組みをつくり、他の国連加盟国に協力を求めるよう支援してくださいますよう、お願いいたします。

 さらに、国連人権委員会が、ドゥジャイル事件の審理の独立、公平、および公正さを決定し、その進行において基本的人権のあらゆる違反を検証するよう請願する枠組みづくりも支援してくださいますようお願いいたします。

 貴殿のイニシアティヴと行動が、平和、国際法、そして正義のために重要です。

 敬具。

 ラムゼイ・クラーク

(仮訳 どすのメッキー 2007.1.2  一部訂正 2007.1.3)
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