何もはじまらないし 何もおわらない ~ フセイン元大統領の死刑執行がもたらすもの
30日間どころか、議論が起こるのを抑え込む様に、控訴棄却後わずか4日で刑が執行されました。処刑場に連行されたフセイン元大統領は、手錠をかけられた手に聖典コーランを携え、「このコーランをある男に渡してほしい。バンダルという男だ」と話したといわれますが、イスラム教への信仰告白も途中で中断され、シーア派の怒号が渦巻く中、刑が執行されました。イスラムについて私はじゅうぶんな知識があるわけではありませんが、神の前には等しく平等な教徒同士で、もう逃げる手段も意志もない相手に信仰の告白さえ認めず刑を急いだ、ということに戦慄を覚えました。
イラク高等法廷(IST)の不公正さと、死刑制度反対の立場から性急な執行を控えるよう要求していた公式監視団体アムネスティ・インターナショナルは、すぐに遺憾の意を表明しました。ドイツやフランスは、判決の是非については言及せず、死刑そのものに反対するにとどまっていますが、ロシア外務省のカムイニン情報局長は政情悪化や民族対立の先鋭化を招く恐れがあると批判し、イラクが「大規模内戦のふち」に立っており、「暴力の中に沈み、大規模な内戦のふちに直面しつつある」と警告しました。さらに、パキスタンで米国国旗を燃やす抗議行動が起こるなど、イスラム教国の中に新たな対立の火種が起こったのは間違いありません。
フセイン元大統領の信仰告白は中断されてしまいましたが、彼の残した最後の正式声明といえる獄中書簡の全文邦訳を、イラク情勢については国内で最も信頼できるURUKニュースが提供しています。これも、米国メディア中心に恣意的な部分引用がされているようですから、先入観無しに全文に触れてみることおすすめします。
http://geocities.yahoo.co.jp/gl/uruknewsjapan2006/view/20061228/1167305775
私が注目したのは、後半の「私はまた皆さんに私たちを攻撃した諸国の国民を憎むことなく、政策決定者と国民を区別することを呼びかける。/皆さんは、侵略国民の中にも侵略に反対する皆さんの戦いを支持する者がいること、そのなかのある者はサダム・フセインを含む拘束者の法的弁護活動を志願したを知っておくべきである。」という部分です。フセイン大統領が、イラク国内で何をしてきたか、米国の侵略の前にどのようなやりとりがあったのか、闇に葬られようとしていますが、戦争犯罪にかかわった日本の指導者が、この文章に匹敵する発言を行ったことがかつてあったでしょうか。
もう4年前、米国のイラク侵略開始前に起こった地球規模の空前の反戦運動に対し、日本政府の中には、独裁者フセインに味方する利敵行為と中傷する人もいました。性急な刑執行に対しても、安倍首相は「イラクが安定した国となることを期待しており、国際社会と連携しつつ引き続き支援していく」と、きわめて無味乾燥なコメントを述べたきりです。米国の顔色を先読みすることしか能力のない日本の閣僚には、裁判の公正さも、今の内戦が何故起こったかの責任も考えられないのでしょう。
わたしは、尊敬する知人達と、フセイン大統領宛に屈辱的な安保理決議1441を受諾するよう求めるメール行動を呼びかけたことを思い出します。1991年の湾岸戦争における米軍の戦争犯罪も、その後15年続いた経済制裁と食糧医薬品の禁輸処置で100万を超える生命が失われたことも、すべてフセイン元大統領の独裁の必然的帰結で済ませてしまう政府やメディアの宣伝に、あるいは、それに無関心でいる私たち自身の残酷さに、わたしは、人間として抑えきれない憤りを感じたのでした。
イラクは、現在のあらゆる文明の揺籃地という輝かしい歴史を持ちながら、現代文明全体のエンジンである原油を大量に埋蔵するゆえに、近代史以後は列強に翻弄されつづけてきました。独立後の概略は、拙サイト「爆弾はいらない 子ども達に明日を」内のイラク年表
http://homepage2.nifty.com/mekkie/peace/iraq/history.html
をご参照ください。米国や日本の政府、メディアは、ヒトラーさえ持ち出して、フセイン元大統領の悪魔的イメージを増長してきました。しかし、フセイン大統領が現れなかったら、ブッシュ大統領の言う「中東の民主化」は早期に達成できていたのでしょうか。とてもそうは思えません。原油価格は石油メジャーの言うままとなり、パレスチナの抵抗ももっと悲惨なものになっていたかもしれません。少なくとも、中東隋一の教育水準や女性の社会進出は実現できなかったでしょう。そして、フセイン政権下でもずっと残っていた子ども達の微笑を、2003年3月の侵略で、米英軍と、現在に至るまで一貫してそれを支持・支援する日本は奪い去ったのです。
ISTは、米日の宣伝とは反対に、イラクがまだ完全に米国の支配下にあり、何としても自らの手で明らかにしなければならなかったフセイン時代の事実を明らかにする権限さえ、イラク国民には与えられていないことを皮肉にも証明しました。フセイン氏に寛容すぎるとの理由で裁判長が交代させられたり、マリキ首相が死刑判決の確定を待たずに「年内に執行されるべきだ」と主張したりしていたことを、何かイスラム社会に特有の宗派対立の結果だと考えてはならないと思います。宗教上の対立というのは、得てして別の目的の隠れ蓑になっています。米国の侵略がなければ、政府とシーア派との対立があったとはいえ、内戦に発展することはありませんでした。シーア派のマリキ首相はかつてフセイン政権時代に反体制活動で死刑を宣告され、亡命生活を送っていましたから、現時点でフセイン元大統領の死刑を性急に執行することが、国内にどういう地獄を現出させるか分かっているはずです。
ブッシュ大統領は、最近イラクでの軍事的失敗を認めるようになりましたが、それでも軍を縮小撤退させることには頑なに反対しています。支持率の下落を補うように、今月はペルシャ湾に新たな攻撃部隊を増派し、この処刑でイラク侵略に対する世論の批判を封じ込めて、次はイランへと底なしの戦争拡大に突き進もうとし、日本の安倍首相もそれを支援するための法改正に着手しているように見えます。
ISTは、イラク国内の問題を取り扱う法廷であり、そこでアメリカの戦争犯罪について云々せよという主張には無理があり、わたしは賛成できません。しかし、人権侵害の責任者が有無を言わさず処刑された一方で、2003年以後直接の犠牲者だけでも10万人以上、湾岸戦争以降の経済制裁を含めれば、未曾有の虐殺を率いた責任者がいまだに地球を我が物顔に弄んでいるのでは、不公平にも程があると考えるのが普通でしょう。
その犯罪者のコメント「イラクの民主化において重要な節目」は現実には何処にも存在しません。何もはじまらないし、何もおわらない。その責任は、この戦争に加担した国の国民のひとりとして、今後も眼をそむけてはならないのです。
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