« 2006年5月 | トップページ | 2006年7月 »

2006/06/24

不起立裁判で「犯人」をでっちあげたのは誰?

 個人に優先すべき国家のルールなどありません。近代憲法の進歩はまさにそのことを確認する歴史でしたし、米国でさえ、宗教上の理由等から国歌を歌わない自由は何度も司法に問われ確立しています。

 都立板橋高校の君が代不起立裁判で東京地裁が5月30日「被告」の教諭に罰金刑の有罪を言い渡したことについて、いまだに事実誤認の上で議論がされているようです。

 この裁判の最大の問題は、教諭が卒業式で起立を阻止した事実がないということです。この騒動は、来賓の土屋たかゆき都議会議員(民主党)が卒業生らに起立斉唱を大声で命じたものの多くが応えなかったため、面目を潰してありもしない犯人をでっちあげたことに端を発します。しかも「被告」は現職教員でないのでもはや都教委得意の「懲戒」もできない。それなら裁判だ、となったのでしょう。仮に教諭が不起立を指示したとしてそれが威力行為にあたるなら、卒業式の運営者でもないのに指示をした土屋議員の行為こそ、現教育基本法10条に抵触する介入として批判されなければなりません。

 事実、騒動の当事者である都立高校の卒業生の中には不当判決に怒っている人が大勢います。それは教諭への共感だけでなく、自分たちが自主的に判断したことをまるで強制されてやったかのように見くびられたことへの怒りでしょう。日本も批准している「子どもの権利条約」は12条で「子どもは自分に関係のあることについて自分の意見を述べる権利がある」と規定していますが、この国は、高校生の判断力を、ずっとなめてかかってきたばかりか、意図的に無視してきました。最近では、統計的に見れば少年犯罪は劇的に減少しているのに、一部の事件をセンセーショナルに取り上げ、それを理由に彼らをいっそう枠にはめようとしています。しかし、この都立高校卒業生のように、自分の頭で考える若者が卑怯な大人を乗り越える時代が必ずやって来るでしょう。

【参考】パワー・トゥ・ザ・ピープル!!
 「藤田先生を応援する会有志」による、民主主義を守るためのHP
 http://wind.ap.teacup.com/people/

| | トラックバック (0)

2006/06/23

空自こそ、いますぐ撤退を

 陸上自衛隊が2年半に及ぶ活動を終了し、イラクから撤退することがようやく決まりました。この間、自衛隊員が直接の戦闘でイラク人を殺害せず、自衛官も殺害されなかったことは奇跡的と言えるでしょう。
 しかし、香田さんは自衛隊の派兵が発端で殺されましたし、少なくとも5人以上の自衛官が、イラクへの派兵に関連して自殺しています。

 そして、日本政府は、陸自を引き上げる一方で、空自を残すばかりか、その活動範囲をこれまでのイラク南部の限定された地域から、バグダッドやイラク北部地域にまで拡大することを決めました。

 危険な地域に不本意に派遣された自衛官の方々にははなはだ失礼ですが、イラク派兵で本当の「仕事」をしているのは、小泉がなんと言おうと純粋な米軍の兵站協力をしている空自と海自です。

 イラク特別措置法の条件さえ満たさない、戦闘地域への初の自衛隊派遣となった一連の活動の名目は、「戦後」イラクの「人道支援」でした。NHKも枕詞のようにこの4文字を見出しに掲げたし、小泉も「戦いに行くわけじゃないんです」と何度絶叫したことでしょう。

 しかし、人員的にも、装備的にも、費用的にも、イラクへの自衛隊派遣の事業に占める「人道支援」の割合は、主目的どころか副目的にもならないものでした。

 しかも、イラクに行っても9条と特別措置法の一定の縛りのために、外へ出て活動することさえできず、宿営地に閉じこもり、何か支給するにもイラク市民に危険な地域を歩いて取りに来させる始末。「イラクの子供達を見殺しにするのか」と公明党の冬芝氏が叫んだ浄水活動も、役に立ったのは自衛隊の給水ではなく、自衛隊が委託したフランスのNGOと外務省のODAで導入された浄水装置でした。道路工事をすれば監督だけで砂利をまいたら終わり。小泉が強調する「イラク政府からも、住民からも、高い評価と信頼を受け、感謝のうちに撤収」(らいおんはーと第239号 2006/06/22発行から)などという実態はどこにもありません。

 実績を誇りたいなら、自衛隊が派遣される前と後とのイラクの状況を比べて見るといいでしょう。知れば知るほど怒りしか湧いてこないではありませんか。成果が上がらないからこそ、自分では撤退の時期を決められずに、米英の顔色ばかり伺っていたのです。

 陸自は、海外派兵の実績作りと国民への意識の定着というアドバルーンの役割を、たいへん税金を使って忠実に果たしてきたのです。

 陸自が撤退し、イラク全域の空域を制圧する空自とペルシャ湾の海自が残されたことで、「人道支援」の名目はもはや雲散霧消し、米英軍のイラク侵略と占領への加担という本来の目的が露になりました。もはやいかなる詭弁を用いても、9条はもとより日本国憲法の平和主義と両立することは不可能です。

 次の臨時国会で政府は、20万部もパンフを作って大宣伝し、防衛庁を防衛省に昇格させる法案を通すつもりです。そこでは、もう自衛でもなんでもない海外派遣を主任務とする改定も行われます。歯止めとして示されている非戦闘地域というのが、いかに無意味なことかは、イラク派兵の歴史が何より証明しています。

 陸自撤退で喜んでいる場合ではありません。むしろこれはさらに米軍との一体化を強める空自の活動拡大の目くらましと考えるのが妥当でしょう。

 空自こそ、いますぐ撤退を!

| | トラックバック (0)

« 2006年5月 | トップページ | 2006年7月 »