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2006/03/19

宇宙のDNA

double_helix_nebula  最近、米カリフォルニア大ロサンゼルス校などのチームが、NASAの赤外線宇宙望遠鏡で珍しい形の星雲を観測したと、3月15日付のネイチャーで発表した。

 http://www.oricon.co.jp/news/internal/15617/

 まるで、DNAの模型を模したような2重らせん構造で、メディアでは早くもDNA星雲というニックネームで紹介されている。

 http://www.space.com/scienceastronomy/060315_dna_nebula.html

 ガス星雲は、青空に浮かぶ雲と同様、人間の想像力をかきたてる。ばら星雲、北アメリカ星雲、砂時計星雲、干潟星雲、カニ星雲(これからカニを想像するのは正直難しいが‥)など、有名なものがたくさんある。私が卒業研究で観測していたM17も「白鳥星雲」と呼ばれている。それらには、人間が直接感覚できる具象的なものが投影されるのが常であった。しかし、今回のは、DNA。もしこの星雲が、北半球から簡単な望遠鏡でも観測できるほど明るくて、メシエの時代に見つかっていたら、現代のような驚きはなかっただろう。

 ほとんどの生物は、DNAを運ぶ乗り物に過ぎないとも言われる。その生命の本質とも言えるシンプルで美しい形が、しかも銀河の中心部というエキサイティングな場所に、巨大な投影機で映し出されたように姿を現した。これはもちろん銀河中心部の超ど級ブラックホールから垂直に屹立する強力な磁場(地球の約1000倍)に星雲がたまたま位置した偶然の産物にすぎない。

 こうした偶然の一致から何か普遍的なものを引き出すのは科学ではご法度だけれども、まるで宇宙規模のフラクタルを見ているかのような、サーリプッタが仏陀の弟子を奪還するためにブロッケン現象を利用して出現させた仏の影に突然出くわしたような、幻惑を感じるのは私だけではあるまい。

 私が生涯尊敬してやまないカール・セーガン博士の小説「コンタクト」は、超越数πを11進法で記述した時に現れた印象的な図形の記述で終わる。「宇宙の構造に、物質の特性に、偉大な芸術作品におけると同様、小さく記述された画家の署名がある。人間や、神々や、悪魔どもを厳しく監視し、管理人やトンネルをつくった者たちをもその視野におさめて、ここに宇宙の歴史を超える一つの知性が働いているのである」(池央耿/高見浩訳)とかいたセーガン博士は、生きてこの発見を見たら、なんとコメントしただろうか。

 宇宙も、自然もそれ自身は何かを「語る」ことはない。しかし、人間は宇宙の無言のメッセージを、わたし達自身のより良き人生や社会のために慎重に汲み取ることができる。様々な生命現象のほとんどに平等に、その記述システムとして自然が選んだカタチを、それが銀河の生成(銀河が生成されなければそもそも生命は生まれない)の鍵となる銀河中心ブラックホールが、おそらく今回の星雲1個だけでなく条件がそろえばありふれておこる結果としてかたちづくったことに、人知を超えた「知性」が働いているのを感じる。

 そして、その「知性」は、同じ星の同じ種の中で殺戮と他種の無益な略奪を繰り返すわたし達に、真の平等と謙虚さを教えているように思えてならない。

 ところで、「コンタクト」の邦訳は絶版らしいが、原著刊行20年くらいで廃刊にしていい本ではない。

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2006/03/14

岩国の投票結果をどう受け止めるか、日本の民度と立憲主義が試される

 注目された岩国の住民投票は、胸のすく結果となりました。
 http://juumintouhyou.de-blog.jp/

●反対43433、賛成5369、無効879

 これは、有資格者の半数以上が、足を運んで反対票を投じたことになります。大変な事です。 これだけの結果を素直に受け止められない政治家やメディアが多いのは悲しいです。

 その最たるものは、

●小泉「どこでも住民投票をすれば反対でしょうね、基地は」
●前原「負担を受ける自治体に対して粘り強く、真摯に説得することが大事だったが、それができてなく、こういう状況になったのは残念」

 小泉首相はともかく、前原氏は、机上の帝王論を振り回してますます孤立していく感じですね。

 このニュースは、13日ほとんどの新聞で1面記事になりましたが、日本時間の13日朝には世界中に配信されており、ガーディアン、ワシントン・ポスト、アル・ジャジーラ等々有力メディアも大きく取り上げています。有権者8万余の町が、世界に衝撃を与えたわけです。

 しかし、残念ながら、小泉首相や安倍幹事長が結果を一考だにせず、計画は変えない、と言い切ってしまったため、多くのメディアは投票の重みを考える前に、投票は成功、でも政府は関係ない、という結論のみ伝えて済まそうとしているかに見えます。取り付く島のない即答振りは、国民に自由に考える時間を与えない小泉たちの常套手段で、イラクでの日本人人質事件での対応を思い出しました。

 読売は、井原市長がまるで政府の専権事項も知らない人気取りのような書き方をしていますが、こんな描き方をしている海外メディアは少ないんじゃないでしょうか。井原市長に特別味方もしないかわり、国の専権事項だから関係ない、なんて書いているところは見つかりませんでした。ワシントン・ポストは、そういう意見を「読売」の意見として紹介はしていましたが。

 投票確定後の井原市長のインタビューは西日本新聞が報じていますが、以下のようなすばらしいセリフがなぜか割愛されています。英語を通してしか日本人市長の発言が確認できないのは、残念です。

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"I have no right to comment on national issues such as security, but it is only natural for the people of Iwakuni to speak out on aspects that affect their lives."
 http://tinyurl.com/pncsw
 (China post 13 Mar. 2006)

(私には、国防のような国家的事項に言及する権利がありません。しかし、生活に影響する局面で率直に意見を述べるのは岩国の人たちにとってまったく当然のことです。)

"This is an important issue for our city. It is natural that we would want our voice to be heard."
 http://tinyurl.com/mqle5
 (Guardian 13 Mar. 2006)
(これは、わたし達の市にとって重要な問題です。わたし達がわたし達の声を聞いて欲しいと思うのは当然です)
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 井原市長に激励のFAXを入れました。主要部分を転載します。

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 12日の住民投票のご成功おめでとうございます。様々な妨害を乗り越えて市民とともに投票を成立させたことは並大抵の努力ではないと存じます。政府が住民に負担や苦痛を与える時、自治体がその防波堤となるということを堂々と示した勇気と誠意に心から敬意を表します。この成果は、同じような基地被害に苦しむ自治体や、私どものように基地はなくても原発の事故に苦しめられる自治体の者にも希望を与えるものです。

 岩国市にアジア最大級の米軍部隊が配備されることは、岩国市だけでなく、日本が一層戦争優先の環境下におかれるという点で、国民全体の問題だと思います。

 この投票をめぐって、様々な中傷もきいています。しかし、国の政策に対して、投票資格を持つ者の過半数が、行動で反対を示したということは、とても重いものです。政府は現時点で計画を変更せずと言っていますが、これから、この国が本当に民主主義国家なのかどうか試されると思います。たとえ外交や国防が政府の専権事項であったとしても、住民は黙って負担を受容れよ、という姿勢は、立憲主義の下では許されません。

 私は、貴市のとりくみに共感し、微力ながら、全国の仲間に支援を呼びかけてきましたが、これからも、軍隊という暴力の前に丸腰の市民がおびえる必要のない世の中づくりに、貴殿や今回投票をすすめた方達とともに努力していきたいと思います。

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2006/03/08

「共謀罪」を廃案に!衆議院法務委員会委員の皆様へ

 共謀罪が、強行採決もあるかという、最大の山場を迎えようとしています。

 明日は、共謀罪に反対する各団体や個人が、目標にしていた院内集会の日です。

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●3/9(木)

■「共謀罪に反対する集い」

12:00~ 衆議院第二議員会館第1会議室
※当日、議員会館を入った階段前で「通行証」を受け取ってお入り
ください。
発言:各党国会議員
   足立昌勝さん(関東学院大学教授)
   朝倉淳也弁護士(第2東京弁護士会副会長)
   玉本雅子さん(日本消費生活アドバイザー・コンサルタント
協会)
   山岡俊介さん(ジャーナリスト) ほか

夜■「共謀罪を廃案へ 3・9大集会」

18:30~ 星陵会館(永田町)
講演:「共謀罪の狙い」
    講師 内田博文氏(九州大学教授 刑法学)
発言:各党国会議員
   中村順英弁護士(日弁連副会長)
   安田浩一さん(ジャーナリスト)
   立川反戦ビラ弾圧被告
   藤田勝久さん(都立板橋高校元教員 「君が代」弾圧被告)
ほか

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 国会に集まる仲間を後押しするためにも、そうした行為が今後「犯罪」とみなされないようにするためにも、衆議院法務委員会委員全員に以下のメールをBBCで送りました。(FAX調べて個別に送ったほうがよいのですが、時間がなかったので‥)

(以下転載)

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衆議院法務委員会委員の皆様

 毎日の公務お疲れ様です。

 継続審議案件となっている「共謀罪」に関して、今国会での成立を思いとどまっていただきたく、メール差し上げました。

 「共謀罪」は、現刑法の改定案として2003年に国会に上程されて以来、継続審議を繰り返し、2度も廃案になったことからも明らかなように、とても問題の多い犯罪類型です。

 実際に犯罪が行われているかにかかわらず、また、従来例外的に個別法で予備段階での処罰が可能であった重大な犯罪の範囲を超えて、対象者を処罰するものであり、犯罪が実際に行われた際にそれによって生じた損害に応じて処罰されるという近代刑法の考え方を根元から否定するものです。

 これまでの国会審議で、政府は対象を犯罪集団の具体的な合議に限ると説明してきましたが、現法案の何処にもそのような限定はありません。法律がそのときどきの為政者の恣意的な判断によらない客観的な存在である以上、もしそのような限定が事実なら、少なくとも法案に明文化し記述するべきです。

 昨今、家屋にビラを投函したり、街頭で非暴力的な宣伝行為を行ったりするだけで逮捕されたり、指導を受けたりする事件が相次いでいるのをみますと、この犯罪がいわゆる犯罪者集団のみならず、ときどきの政府や警察の恣意的な解釈によって、一般市民の正当な活動までをも明示的、あるいは暗示的に処罰することにならないだろうか、という心配を拭い去ることはできません。

 国際手配されているようなテロ組織、あるいは国内の暴力団などを取り締まるだけなら、現在の法律体系の中でも十分です。実際、国連国際組織犯罪防止条約を批准した多くの国々においても、現法体系の大きな変更は実施も予定もされておりません。

 確かに、現在犯罪は増えているのかもしれません。しかし、犯罪は、そこに居住する人間同士自由にコミュニケーションが可能で、それによって信頼関係を土壌を粘り強く育成することでしか、減らせないものだと考えます。犯罪者を擁護する積りはありませんが、報道される一種信じがたい犯罪の裏には、たいてい犯罪者の孤立や、社会的経済的差別が見られることも、それを裏付けていると思います。

 「共謀罪」は、犯罪増加によって起った社会不安を必要以上にあおり、ますます国民同士の信頼関係を傷つけることによって、犯罪者にならなくてもいい人を犯罪者にし、さらに不安を増大する悪循環に日本社会を陥れ、国民の活力を萎縮させるでしょう。そのような社会に未来があるでしょうか。

 国連国際組織犯罪防止条約の審議過程でも、日本はもともと「すべての重大犯罪の共謀と準備の行為を犯罪化することは我々の法原則と両立しない」と主張していたはずです。それがいったん条約を批准するや、その内容も国民に説明せず、第5条の留保事項も無視して、「決めたことだから‥」と押し切る事が、果たして民主主義国家の行うことでしょうか。

 国権の最高機関である国会が、政府や法務省の決定を追認するだけの機関になってはいけません。

 人間はもともと、悩み、迷い、ときには間違いを犯し、それでも立ち直って成長していくものです。社会も同じだと思います。しかし、「共謀罪」はそうした個人の成長の機会も、社会の自由な成長の機会も圧殺するものです。

 法律に詳しく、良識もある皆さんにおかれましては、現国会で「共謀罪」を強行成立させることなく、これまで日本社会が保証してきた基本的人権擁護と真の犯罪防止の立場から、「共謀罪」を廃案にしていただきますよう、心からお願い申し上げます。

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(転載おわり)

「共謀罪」を勉強し、運動をはじめるために最良の本が先月末発売されています。1時間半程度あれば、本文は1回読みきれますが、寝る前読むとこわくて眠れなくなるかもしれません。

「危ないぞ!共謀罪」
小倉利丸、海渡雄一編、樹花舎 2006.2.28 1000円
 http://homepage3.nifty.com/kinohana/kyobo.html
 http://tinyurl.com/p8ux9 (Amazon)

 以下も見てください。

■共謀罪新設反対 国際共同署名
 http://www.kyoubouzai-hantai.org/schedule/

■共謀罪って‥なんだ?
 http://kyobo.syuriken.jp/

■盗聴法に反対する市民連絡会「なぜ共謀罪に反対するのか」
 http://tochoho.jca.apc.org/nkyz.html

■共同行動ONLINE
 http://www.hanchian.org/

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2006/03/04

奈良県少年補導に関する条例(案)に見る監視社会づくり

 奈良県警が2月末、定例県議会に「奈良県少年補導に関する条例(案)」というのを提出しました。
 http://www.police.pref.nara.jp/

 これは、全国で初めて「補導」の根拠を定めた条例で、「正当な理由がなく、学校を欠席、早退、若しくは遅刻する行為」まで「不良行為」と規定し、警察権力の介入を促しています。

 既に奈良弁護士会が、続いて共産党県議団が反対を表明しています。奈良県弁護士会の声明は下記です。
 http://www.naben.or.jp/shonenhodou.htm

 今の世の中は、いたずらに社会不安をあおり、それを上からの規制と監視で対処しようとし、それが効果をもたらさないのでさらに規制や監視を強化する悪循環に陥っているように思います。

 奈良弁護士会の声明が指摘しているように、社会通念上好ましくない行為と、違法な行為とは別なのであって、予防的に権力の適用範囲を拡大解釈するのは、立憲主義の考え方と相容れません。

 ましてや「正当な理由がなく、学校を欠席、早退、若しくは遅刻する行為」が警察権力が介入する対象とされるとは、どういう神経をしているのでしょう。
 様々な悩みを抱えて苦しんでいる子どもを棍棒で脅して学校に連れて行くとでもいうのでしょうか。

 こうした条例も、学校側が異議を唱えればかんたんには通らないはずだと思いますが、私の住む自治体でも、実際には問題をかかえた児童や生徒がいるのに、校長などの現場管理者がそれを周囲の協力を得て解決しようとせず、任期中にTV局が押しかける事のないように。むしろひた隠している状況が見られます。そういう管理者にとってはこうした条例は歓迎すべき事なのでしょう。

 また、私自身も経験があるのですが、自治体から任命された補導員なんていうのは、PTA役員の中からくじ引きで決まったような場合が多く、専門知識も意欲もない人が大半です。私が補導員をやった時の研修では、青少年を育てるのではなく、いかに管理して従わせるか、といった視点が鼻につきうんざりしたのを覚えています。

 私は、この条例(案)も、全国で進められている「生活安全条例」の一環ととらえています。

 「生活安全条例」の問題点については、亜細亜大学の石崎学助教授が、昨年10月に発刊した「憲法状況の現在を観る」(社会批評社、1500円)の第4章が簡潔にして説得力ある解説を行っています。

 石崎氏は、一連の改憲策動の特徴として、憲法の個々の条文のみならず、「立憲主義」自体を否定する動きがあると指摘し、「戦争モード」の国家づくりのために権力者に服従する「正常な市民」とそうでない「不審者」に国民を二分しようとしている、と警告しています。

 「国民保護計画」なども、福井県の例に見られるように現実に役に立たないのは明らかで、狙いはむしろ、9条を地域から掘り崩し、日常から権力に従順な意識を植え込み、それに消極的あるいは反抗的な市民を強権的に支配する下地作りをするこそが真の狙いではないかと。

 全国の「生活安全条例」で問題とされる行為には、犬の散歩時に糞を始末しない、とか、車の中で化粧すること等笑い話のようなことまで対象とされており、挙句には、あいさつの励行や地域行事の参加まで責務として条例にうたっている自治体もあるそうです。きいただけで私は息が苦しくなりますが、これではまるで戦前の隣組です。

 犬の糞の問題などは、住民同士の人間関係で解決すればいいことです。地域の人間関係が希薄になったことに甘えて、住民が自らの人間関係をつくる努力を放棄し権力の介入する口実を与えるのはとても危険な事だと思います。お互い見て見ぬふりをしながら、監視しあうようなピリピリした社会で犯罪や「不良行為」が減少するでしょうか?そうは思えません。

 

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2006/03/03

もう一度、いわゆるメール問題

 メール問題に関する民主党の対応について、納得できない人が7割だそうだ。

 先般からの意見で、私は民主党を無条件擁護しているように感じた方がいるかもしれないが、そうではない。これに便乗して、本来追求すべき相手を見失うな、と言いたいのだ。

 前原民主党の調査能力、重要案件に対する党組織の体制、どれをとってもお粗末にすぎる。こういう人たちに、危機管理能力がどうこうとかいわれても、到底納得できない。自民党よりも熱心な中国脅威論などを見れば、政権獲得のためなら根拠など気にしないというのは前原執行部の体質なのだと思う。

 私は、永田氏の最初の質問の様子をたまたまニュースで見たとき、ずいぶん雑だな、と思った。「はっきり言ってメディアの前で闘ったら、小泉さんの敵は鳩山(由紀夫民主党代表=当時)さんじゃなくて僕だと思っています」等というのは、思い上がりにすぎない。

 前原氏も、永田氏も、ずっとエリート畑を歩いてきた。推測だが、手間のかかる情報の収集は、イラクの「ホテル・ジャーナリスト」のように、部下や外注に任せて、自分はそれを利用する特権のある人間だ、というくらいに思っていたのではないか。

 だからケツのまくり方がわからない。変なプライドと保身の恐怖が邪魔をする。最初の疑惑4点セットは、国民生活に直結する重大案件だったはずだ。その審議を遅らせ、かえって自民党を勢いづかせてまで、判断を躊躇したのはそういう感情なのではないか。
 国民ととともに、今の言葉で言えば格差を広げられた「負け組」のわたし達とともに一緒に泥まみれにならなければ、権力と対峙する力は得られない。自分だけで世の中を変えられると過信した時点から、ものごとの判断に惰性が入り込む。

 歴史は進歩する。だが、時間がかかる。
 一発逆転に成功例が少ないのは、訳があるのだ。

※蛇足。自民党の中川政調会長が、議場でペコペコする永田氏らを揶揄して「逆イナバウアー」と言ったそうだが、こういう比喩の仕方は金メダルをとった人に対して随分失礼ではないか。それに、イナバウアーは足を前後に広げ、つま先を外に向けて横にすべる技のことで、「反り返った技」のことではない。荒川選手は独自にからだの反りを加えてより美しい演技に完成させたわけだが、そういう努力や感性に対する敬意が感じられない「品位」のない発言だと思う。

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2006/03/02

内政干渉ってなんだ

 「3・1運動」式典で盧武鉉大統領が「普通の国、世界の指導的国家になろうとするなら、法を変え軍備を強化するのではなく、人類の良心と道理にあわせて行動し国際社会の信頼を得なければならない」としごく当たり前のことを述べたことに対し、

 小泉首相は「憲法はその国自身で考えることだ」
 安倍官房長官は「わが国の憲法だから日本人自身の手で決めていくことで、まさに内政問題だ」

と言って反発したらしい。

 「内政干渉」という言葉の意味を、この際、彼らにきちんと定義し直して見せる必要があるのではないでしょうか。

 だいたい憲法改定は政府と財界が勝手に主導していることであって、国民の合意で進んでいるかのような立場で発言するのは、わたし達の「内心干渉」です。

 それに、この程度の発言が「不快」で「内政干渉」にあたるなら、諸外国に対してコメントするあらゆる発言が「内政干渉」になるでしょう。

 ありもしない中国や北朝鮮の「脅威」を繰り返したり、アフガンやイラクやイランの政権を非難するのはいったいなんだというのでしょうか。韓国側は静観してくれましたが「竹島の日」は、「内政干渉」とは言わないまでも、相手にとってどれだけ不快かわかっていないのでしょう。

 靖国神社参拝や、日本の復古主義について警戒しているのは中国と韓国だけだ、と小泉首相がいくらいきまいても、それは強がりに過ぎないことを、私はこれまでも海外記事の拙訳でお伝えしてきました。今月はじめにそろって掲載されたNYタイムズとボストン・グローブの記事は、その決定版です。

 記事の論調、口調は、単に米国メディアがアジアの問題を岡目八目的に叙述しているのではありません。現代市民の普遍的な感覚で、日本政府の姿勢を批判し、軽蔑している感を強く受けます。

 例えば、NYタイムズ記事、第一パラグラフの以下の文章。

 Then there is Japan's new foreign minister, Taro Aso, who has been neither honest nor wise ....

 "neither ほにゃらら nor なんとか" の構文はこう使うんだ、という見本のような言い回しではありませんか。大メディアを担ぐ気はありませんが、これはサンデー版の大衆紙ではありません。世界を代表するクオリティ・ペーパーの文章なのです。

 少し時間がたちましたが、ここでもご紹介します。

(以下どすのメッキーの仮訳)

【Japan's offensive minister 】
(NY Times 13rd Feb.2006 下記URLは International Herald Tribuneの転載)
 http://tinyurl.com/eykpr

 どこの人でも、自分の国の歴史なら全てにわたって誇りを持ちたいと思う。しかし正直な人たちは、そんなことはできないと分かっているし、賢明な人たちは過去の悪行に関する辛い真実を知り、学ぶことの積極的価値を認めるものだ。そこで、日本の新しい外務大臣麻生太郎だが、彼は、正直でも賢明でもなく、日本の悲惨な軍国主義時代、植民地主義、そして第二次大戦中に頂点に達した戦争犯罪に関して、挑発的な声明を発し続けている。

 同盟国あるいは貿易相手国として日本が必要な隣国の怒りを買っているだけでなく、彼が取り持ってきた人々の利益を害している。第二次大戦は今日の日本人の大部分が生まれる前に終わった。いまだに、大量の強制連行、若い韓国女性を性的奴隷にしたこと、戦争の無防備な捕虜に対して行われた生物兵器実験、そして南京の何十万人もの中国市民に対するサディスティックな虐殺、といった恐ろしいできごとに対する日本の責任について、日本の公式な談話や学校の近代史教育は一度も適切に向き合ったことがなかった。

 だからこそ、こんなに多くのアジア人が、昨年秋に麻生が外相に就任して以来、彼が発した一連のぞっとするような所見に怒っているのだ。最近のふたつは、彼が、14人の日本の戦犯が祀られている靖国神社に天皇が参拝すべきだ、と示唆したこと、さらに、台湾の高い教育水準が、1895年に中国から戦利品として東京が島を奪い取った時から始まった50年の占領期間中日本の進歩的な政策をとったおかげである、と示唆したことだ。麻生は、発言を説明する下手な努力をしたが、趣旨が変わることはなかった。

 麻生はまた、中国の長期軍備増強が日本にとって「重大な脅威」だと特徴付けることで、すでに困難なに陥っている北京との関係をわざわざよけいこじらせようとしている。近来、中国には日本を脅かすどんな記録もない。他の多くの国が承知しているように、それはまったく正反対だった。麻生の外交センスは、彼の歴史感覚と同じくらい偏ったものだ。

【Japan's history lesson】
(The Boston Globe  8th Feb.2006 下記URLは International Herald Tribuneの転載)
 http://tinyurl.com/dou4g

 日本の「右翼」政治家たちは、アジアの隣人を怒らせる危うい体質を作ろうとしている。アジアの人々は、日本の帝国主義の下でひどい辛酸をなめたのであり、日本帝国が征服された人々に与えた利益を日本の指導者がほめたたえるのを聞いて怒るのも、充分理解できる。

 日本の新しい国家主義者たちは、軍国主義の精神を蘇らせるために日本帝国時代の徳行に関する神話を言いふらす。彼らは、A級戦犯が埋葬された靖国神社へ繰り返し参拝する小泉首相を擁護する。彼らは日本帝国軍に占領された中国や韓国で犯された残虐行為を水に流すよう教科書を改訂する。さらに、彼らは海底エネルギー資源の採掘権をめぐって中国や韓国との間で紛争をたきつける。

 日本のタカ派の外務大臣麻生太郎が、台湾の高い教育水準が1895年から1945年の日本の植民地時代島に課された義務教育政策のおかげだ、と週末愚かにも宣言したのは、この挑発的な傾向のいい例である。

 麻生のような右派は、彼らの政治的野心を進めるためには、この種の非外交的ふるまいに頓着しない。小泉が彼が靖国神社を参拝するのを外国人にとやかく言われる筋合いがないかのようなふりをするのと同じく、麻生太郎は、たとえ、台湾の人々が半世紀の間より優れた民族の日本人に統治されて幸運だったと彼がほのめかしても、隣人は何も気にしないかのように装っているようだ。しかし、隣人は気にしているのだ。

 まったく、麻生の無神経な自慢は、台湾と中国本土に共同して同様の憤りを表明させる、という離れ業をやってのけた。北京の外務省のスポークスマンは、「台湾の人々に奴隷の苦しみを与え、中国に甚大な厄災をもたらした」日本統治時代をゆがめるために「侵略の歴史を明らかに賛美するもの」であると、麻生を激しく非難した。台湾の副文部大臣は、島民の高度な教育水準は、学校と中国文化が教育に対して位置づける価値に寛大に投資してきた政治に帰せられるべきだと主張した。台湾の親御たちは「土地を売っても子どもを学校へやった」のであり、だから台湾の教育の成功は、「日本の植民地主義とは何の関係もない」と副大臣は語った。

 日本と中国の間に敵意を蘇らせる必然性はどこにもない。しかし、アジア全体のリスクを定着させてしまう事態を避けるために、日本の右派たちは、好戦的なやり方を変えなければならないだろう。また、中国の共産主義指導者たちは、自国の民族主義的なパッションを煽るために日本の挑発に飛びつくのを控えなければならないだろう。

(仮訳おわり 14th Feb.2006)

 この記事のすぐ後、こんな発言もありました。

「麻生氏 戦争犯罪人という定義は国際軍事法廷における見解で、少なくとも日本の国内法に基づいて、犯罪人の対象にはなっていない。

 安倍氏 連合国によって東京裁判が開かれた。そこで七人が死刑になった。わが国が主体的にこの人たちを裁いたわけではない。日本において彼らが犯罪人かといえば、そうではない。」

 ‥‥むなしい。‥‥

「わが国が主体的にこの人たちを裁いたわけではない」から問題なんだっていうの。

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