2007/09/25

人間の生命を自動処分する法相

 日本の閣僚のひどい発言は、もう慣れっこですが、再任した鳩山法相が辞職直後に発したこの発言に匹敵するほど、殺伐として無責任な心情が露になったものを、すぐに思い出せません。

【<死刑>「執行は自動的に」…鳩山法相、辞職後の会見で】
 http://tinyurl.com/3xh532
(毎日25日)

「法相が絡まなくても、半年以内に執行することが自動的、客観的に進む方法がないだろうか」
「(確定の)順番なのか、乱数表なのか分からないが、自動的に進んでいけば『次は誰』という話にならない」

 世界で、死刑制度の是非について決して少なくない議論があり、昨今の日本の続けざまの死刑執行に対する批判の声も当然聞いている中、彼はそれに反論するでもなく、そんな議論は関心を持つに値しないと莫迦にしているようにさえ感じます。

 私は、人間の生命を合法的に奪う理由は成り立たないと考えます。それを是とするのであれば、国家組織である軍隊の無差別殺人や、一犯罪者の殺人を行為として批判する根拠を失います。

 まして、たとえ制度上死刑執行の最終決定を下す法務大臣と言う職に就いたからといって、個々の事件に直接的にも間接的にも関わってさえいない一個人が、神のように生殺与奪の権利を与えられるわけではありません。法相の信条だろうが、宗教的理由だろうが、何であれ、そこで一人の人間の生命を奪うことの重みを再確認することが悪かろうはずがありません。

 たとえ犯罪者であっても、「自動的に」とか「乱数表」でとか、人間の生命に対する尊厳を少しでも意識する人間なら、決して口にできないのは当然のこと、発想さえしない言葉だと思います。

 このような人間を法治国家の実務責任者にしてして恥じない前安倍内閣とそれを引き継ぐ福田内閣に、血の通った政治ができる道理がありません。良識ある野党なら、政治家の資質の根幹に関わる問題として追求すべきです。

 小泉八雲に、「停車場にて」という印象的な短編があります。(怪談ではありません)そこでは、100年前八雲が実見した話として、極悪人といえどもその中には大衆が共感できる人間味があり、警官も(たぶん死刑に処される)男の本来の人間性を被害者と大衆にわざわざ見せて自ら涙する様子が、「東洋的」な心動かす場面として描かれています。そういう日本を愛した八雲が、今生きていて鳩山法相の言葉を聞いたら、なんと書くでしょうか。

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2007/08/19

軍隊があっても積極的に巻き込まれに行ったりはしない ~ 佐藤新参議院議員の発言について

 新しく参議院議員になった人の中に、イラク派兵の現場のシンボル的存在だった佐藤正久元隊長がいます。彼の発言が今問題になっています。

 彼は、10日のTBSの報道番組で、オランダ軍を助けるため、あえて戦闘に巻き込まれるような状態を意図的に作り出そう考えていたことを吐露しました。自衛隊法はもちろん、イラク特措法でも、自衛隊はシビリアン・コントロール下で「非戦闘地域」で「人道支援」活動を主任務とすることが前提とされ、武力行動に出るのは、隊員の安全が脅かされた際の正当防衛範囲に制限されています。一応は。こんな理屈に縛られていたのでは、いつまでたっても本来の派兵目的である軍事行動の既成事実化がはかれないと思ったのか、現在集団的自衛権「有識者」会議で検討している「駆けつけ警護」を先取りして、必要もないのに、言い換えれば相手の要請もないのに、わざと攻撃されに出て行こうとしていた、ということになります。

 佐藤議員の行動原則は、憲法9条を完全に無視しているだけではありません。憲法「改正」を至上目標とする安倍政権でさえ、表立っては否定することのできないシビリアン・コントロールや専守防衛の原則をもぶっちぎっています。

 何より、イラク「復興支援」のための「人道的派遣」がいかにまやかしであり、最初から国民や国会の声など最初か聞く気がなかったか、ということを、現場の最高責任者が自らの口で明らかにしたのですから、イラク侵略を支持し派兵を強行した小泉前首相と、それを正しかったと今も擁護している安倍首相も責任を免れることはできません。

 日本ジャーナリスト会議が、「佐藤正久発言に対する公開質問状提出あらゆる戦争の廃絶を願う市民有志」名で賛同者を募り、7項目の公開質問状を佐藤議員に提出しています。

 http://jcj-daily.seesaa.net/article/51631432.html#more

 ここで、私は、「あえて」別の視点からも佐藤議員の発言を批判することの重要性を指摘したいと思います。

 軍隊をシビリアン・コントロールにおくというのは、今の民主主義国家なら当然のことです。軍事行動は税金や、兵役と言う形でのサービス、国民が築き上げた科学技術の成果等国民の提供する有形無形の資源がなければなりたたないのですから、軍はその結果について資源の提供者である国民に責任を負わなければならないからです。自分ですべて決めてしまい、調査も裁判も自分でやるような組織では、効率的な活動が行われず、いたずらに国家の資源を消耗し、戦争に勝利することはできないでしょう。国家と軍隊の論理からしても、指揮官には味方の人的・物質的損害を最小に抑えるよう努力することが要請されます。

 先制攻撃症候群にかかっているブッシュ政権下でさえ、政府と国民の間でその合意は暗黙に成立しており、現在の広範なイラクからの撤退支持や、ブッシュへの責任追及の動きは、ブッシュ政権がその合意を反故にしたことへの抗議の意志が発端であると考えられます。

 ところが、日本では従来、戦争行為そのものが人道的に批判され、あるいは逆に肯定されることはあっても、その結果に対し責任者の具体的判断が問われることはほとんどありませんでした。アジア太平洋戦争を「正義の戦争」と強弁する立場の人であっても、軍の中枢や現場の指揮官が無計画な戦闘行為で損害を拡大させたことの責任まで捨象してしまうのはおかしいではありませんか。民族主義者こそ、石原の賛美する「特攻」を、これから国を背負って立つ人材を意味もなく消耗した愚策として批判すべきなのです。

 オランダ含め、イラク侵略に協力した国の指揮官でも、自国の損害を最小にし、不要な戦闘は避けるということを常に考えていると思います。頼まれもしないのに、わざわざ出かけて「巻き込まれ」るなんてことをして、自国民に損害を出したら、9条のない国でも大問題になるでしょう。だいいち「駆けつけ警護」などとピザの配達みたいな都合のいい紛争の介入の仕方が成功すると本気で思っているのでしょうか?そんなものなら、ソマリアも、ボスニアも簡単に国際的合意ができていたでしょう。集団的自衛権の導入を考えている面々の多くが幼稚な軍事オタクにすぎず、リアルな想像力を欠いているかわかろうと言うものです。

 佐藤隊長がイラクに派遣されていた当時、切羽詰って超法規的な処置も含めた判断をしなければならなかった状況ではありませんでした。(給水さえ丸腰のフランスNGOに替わってもらっていたのですから)また、そういう判断を国民から負託されていたわけでもありません。佐藤議員が、当選後のアドバルーンとしてでなく、当時本気でそう思っていたのだとしたら、そして、もしそれを小泉首相が知らなかったとでもいうのなら、これこそ謀略という表現で呼んでも構わない行為だと思います。

 小沢氏は元来改憲論者だったのも事実だし、小沢民主党も憲法についてもちろん一枚岩ではありません。将来的にどう動くかは、今後の世論にかかっています。

 しかし、少なくとも小沢民主党はイラク特措法の延長には反対だと言っているわけです。わたし達は、今はその姿勢を支持し、右翼ジャーナリズムの中傷を跳ね返す必要があると思います。佐藤議員の発言の不当性は、軍隊、あるいは自衛隊の存在を許容する人たちとも、(むしろ自衛官やその家族の人たちにとっては、これほど自分達を軽視した発言はないわけで)一緒になって追求できると思います。

 一気に9条の是非でふるいにかけると、そこにたどり着く過程の重要な議論を見逃す恐れがあります。佐藤議員の発言は、まさにそういうテーマではないでしょうか。

【追記】佐藤議員の事務所は、公開質問状が届く前、「現場に行って法的不備があると感じての発言」と反応したという。佐藤議員も前述の報道番組中「日本の法律で裁かれるのであれば喜んで裁かれてやろう」などと言っていたが、よしんば現行法に不備があるとしても、まず議論を尽くして法を変えてから実際の行為を変更するのが法治国家である。立法府ではたらく国民の下僕たる国会議員が、気に入らなければすすんで法を破るのでは、幼稚すぎてお話にならない。

 それでも、だまされてはならないのは、これは、本質的に法律があるかないかの問題ではないということだ。日本から見れば法的には何でもありに見える米国でも、同じ立場の人が同じ発言をしたら、どういう反応が返ってくるか想像してみられるとよい。やはり、こんな出鱈目な指揮官は更迭せよ、という声が主流になるのではないだろうか。

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2007/08/03

それでもいいのさ、生きていくしかないんだよ ~ "American Tune"が愛され続ける意味

 ポール・サイモンの「アメリカの歌 (American Tune)」は、彼の全キャリアの中でも最も好きな曲です。演奏を聴いて涙があふれてきたというのは、この歌が初めての体験だったと思います。

 「明日に架ける橋」や「ボクサー」に描かれた今を生きる人たちの悲しみと希望は、この歌でさらに深く、繊細になりました。この曲がフィーチャーされたアルバム「ひとりごと(There Goes Rhymin' Simon)」が発表された1973年のローリング・ストーン誌の人気投票で1位に選ばれたり、独立200年記念行事で歌われたり、と第2の国歌に近い扱われ方をしているときいています。

 バッハのマタイ受難曲をベースにした澄んだメロディに乗せられた歌詞は、字面の上では、シンプルで分かりやすい。でも、その歌詞が具体的に意味するものを、私は最近までつかみかねていました。言い換えれば、アメリカ国民でない私の心をこれほど揺さぶるものは何か、ということです。

 ところが、偶然と言うのはおそろしいもので、シンディ・シーハンの休養宣言から復帰にいたるメッセージを訳している中で、「アメリカの歌」を歌っている人物が具体的に浮かび上がってきました。とくに、この歌の中の 'You'が誰を指しているのかが問題でした。主人公と一緒に家出した友達でもいるのでしょうか?いや主人公は孤独のはず、等などスッキリしなかったのですが、この 'You'こそ、シンディが「引退」宣言を"Good-bye America…you are not the country that I love and I finally realized no matter how much I sacrifice, I can’t make you be that country unless you want it."と締めくくったセンテンス中のの 'You'と同じではありませんか。

 そう気付いて、思い切り意訳になりますが、今のアメリカ市民とわたし達日本市民ともに共感できるメッセージとして訳し直してみました。

 ポールは、悲しみの中の希望を混じりけ無く表現できるソングライターです。「おお、見えるか/この薄明の中に/我々が夜を徹して/誇らしく掲げたものが」で始まる軍歌「星条旗よ永遠なれ」や「山を越え/原野を渡り/海原へ/アメリカに主の祝福あれ」と歌う「ゴッド・ブレス・アメリカ」とともに「アメリカの歌」がずっと愛されている意味に思いを馳せていただければ幸いです。

♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

「アメリカの歌」

何度も誤解を繰り返し
どうしていいか分からなくなって
その度に一人ぼっちになって苦しんだ
でも大丈夫さ、そういうものなんだよ
僕は骨の髄までボロボロになってしまった
もういつまでも明るく夢を持ち続けることなんてできないよ
僕たちの故郷からこんなに遠く離れてしまってはね

打ちのめされたことのない魂なんて知らないし
僕には打ち解けられる友達もいない
夢は必ず閉ざされ現実に跪かされるものなんだ
それでもいいのさ、大丈夫だよ
そんな風にして僕らはこれまでやってきた
行く先を案じてみても、何が悪かったのかなんて分からない
分からないのに考え続けている

死んでいく夢を見た
僕の魂がふいに身体を離れ、僕自身を見降ろしたんだ
僕をいたわるように優しく微笑んでね
空を飛ぶ夢も見た
目の前には自由の女神が鮮やかに輝き
彼女を超えて海のかなたに漕ぎ出していく夢を

僕たちはメイ・フラワーと呼ばれる船でこの国にやってきて
今では月にだって行けるようになったのに
僕たちの暮らしは不安と絶望でいっぱいで、
それでも僕はこの国の歌を歌い続けている
ああ、それでもいいのさ、生きていくしかないんだよ
僕たちだけが祝福される時代は終わったんだ
それでも、明日は相変わらずやって来るから
立ち止まってみたいのさ
そう、僕は立ち止まってみたいだけなんだ

"American Tune"(Lylic and Music by Paul Simon 1973)
(訳 byどすのメッキー 3.August.2007)

※原詩は以下などをご参照ください。
原詩 http://www.sing365.com/music/lyric.nsf/American-Tune-lyrics-Paul-Simon/47872910DB0822C54825698A000B45AC
動画 http://www.youtube.com/watch?v=AE3kKUEY5WU

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朝青龍は、そんなに悪いことをしたのか?

 ビデオを観ると、確かにちょっとやりすぎか、と思う。軽率の批判は素直に受け止めなければならないだろう。しかし、これまで一人で相撲界を支えてきた功労者に引退勧告をちらつかせるほどのことなのか?私は大いに疑問だ。

 親善目的のお遊びサッカーと相撲の真剣勝負、しかも横綱に求められる手加減の許されない取組みとでは、運動量もリスクもまるで違う。そのことがまず無視されている。日本の「国技」である相撲の本場所数は江戸時代には1年1回だった。それがどんどん回数が増えて今は6場所、90日をこなさなければならない。加えての地方巡業である。いくら心身鍛錬を積んだ力士といえども、体調管理を維持するのは並大抵ではない。しかも、軽い怪我で本場所や巡業を休んだりすれば、朝青龍に限らず、精進が足りないと非難されるのは必至だからどうしても無理が生じる。綱とりまで後一歩で涙を呑んだ栃東の脳梗塞は、こうした過密日程の強行が一因になっていなかっただろうか。本当の相撲ファンなら、日本人横綱が久しく誕生しないことについて、ハングリー精神を云々する前に、大成するはずの人材の力士生命を非科学的な精神主義が奪っていないか、冷静に考えるべきだと思う。

 朝青龍自身も名古屋場所は怪我をおしての優勝だった。怪我をおしてでもプレーするという気持ちを一概に否定はしないが、それが当たり前として押し付けられてはならないと思う。どんなスポーツでも、ひとりひとりの選手は、選手である前に人間としての基本的人権を尊重されるべきだ。今まで朝青龍が「わがまま」と批判されてきた行為は、相撲界でなければせいぜい注意されて終わり程度のものではないのか。逆に、飲酒運転とか、一般人への暴力行為とか、運動部指導者の暴力行為とか、先輩後輩をかさにきたいじめとか、そういう犯罪行為なら問答無用で断罪されてしかるべきだろう。もっとも、日本はそういうことに対してはいたって甘いようだが…。

 文化的交流があり、基本的に同じルールのプロリーグを持つ野球でさえ、日本人がメジャーで活躍するには、いくつもの壁がある。まして、日本にしかない「国技」相撲で成功するためにどれだけの努力が必要か。海外で活躍する日本人プレーヤーで英語のインタビューにすらすら答えている人がどれだけいるかを考えてみただけも想像がつきそうなものだ。メジャーリーグは、人種偏見を取り去っていく歴史でもあった。信じられないことだが、ハンク・アーロンがベーブ・ルースの本塁打記録を破ったときも、決して賞賛の声は大きくなかった。彼が黒人選手だったからである。しかし、今、メジャーのファンは、昨年松井秀喜が怪我から復帰した第一打席の前スタンド総立ちで拍手した。いまだに外国人選手を差別的な表現で扱う日本のプロ野球とは深いところで差がある。

 朝青龍は、「国技」相撲界での活躍に満足するだけでなく、母国モンゴルの子ども達のために様々な努力を忘れなかった。ピースキャンドルが印象的な平和のイベントも、毎年行ってきたと聞いている。そういう志を持った力士が日本人力士や相撲協会のお偉方にどれだけいるのか、私は聞いてみたい。モンゴルは急速な市場経済の導入が様々な亀裂をもたらしている。その母国を離れて成功を収めた人間が母国をしのび、貢献したいと考えるのは人間として自然な感情だ。ドミニカ出身のメジャー・リーガー、サミー・ソーサの美談は素直に受け容れる日本人が、モンゴル人力士になると掌を返すのは、人種偏見以外の何者でもない。横綱になっても帰化しない(難民さえ受け容れないこの国の人が発言しているとはお笑い草だ)とか、競技に関係ないことまで持ち出していじめる相撲協会や日本人の体質が、本来なら、正々堂々と談判すべき交流行事への参加も今回のような屈折した行動に追い込んでしまったような気がする。

 私は、断固朝青龍関を擁護する。

【追記】このことに関して、当事者の相撲協会関係者はしょうがないとして、ジャーナリズムはどうして声を挙げないのだろう?といぶかしく思っていたら、「オーマイニュース」にやっと見つかりました。以下の記事に100%賛成です。(2007.8.5)

■≪なぜこんな処分が許されるのか?朝青龍の「軟禁処分」は憲法違反だ≫
生田正博(2007-08-04 18:30)
http://www.ohmynews.co.jp/news/20070804/13763

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2007/07/10

もしわたしが大統領だったら

 シンディの休養宣言の掲載サイトとしてご紹介した"Impeach Bush.tv"

http://www.impeachbush.tv/index.html

 は、この状況でますます活気を帯びています。Tシャツなど資金集めのグッズも安くて魅力的なので、思わず注文してしまいそう。

 そのサイトの中に、「もしわたしが大統領だったら…」という短い記事があります。ブッシュとチェイニーを弾劾しあとにどういう政府を目指すのか、この運動のマニフェストのような文章です。

"If I Were President"
 http://www.impeachbush.tv/topics/myplan.html

 これは、もちろん直接シンディの思想を示すものではありませんが、アメリカの市民を一路ワシントンへと結び付けている考えが端的に表現されていて、こちらにも感銘を受けました。イラクに関する政策と、平和全般に関する政策を抜粋して仮訳しました。

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■イラクについて:

 イラクの問題は、まったく簡単に解決できるものではありません。新しい政府はアメリカの介入で汚染されており信頼できません。したがって、わたし達はイラクのすべての政党に対して公平であることを誓います。アメリカ軍の駐留が引き金となってほとんどの暴力が引き起こされている以上、責任を持って、アメリカ軍を国連の平和維持軍に切り替えます。また、わたしはイラク国内に恒久の基地をつくるのを中止し、それを解体してイラクから撤退するでしょう。

■平和のポリシー:

 憎しみがないだけで、それを愛とは呼ばないように、平和は、戦争が起こっていないという以上のものです。平和を実現するには、共通の目標を見つけ、それぞれの国がそれを目指して、進んで理解しあい、お互いに尊敬しあえるよう、各国が積極的に努力しなければなりません。そうすれば、合衆国に対して他の国々はもっと平和的に振舞うようになるでしょう。これは未熟な考えではありません。わたし達は、いまだ、いつ敵に脅かされ、攻撃を受けるか分かりません。そうした敵に備えてわたし達は強力な軍隊をずっと持ち続けなければなりません。けれども、同じわたし達が、他の国々と友情を育むこともできるのです。その努力こそが、たまたま油田の上に生まれて暮らす人々に爆弾を落とし拷問するよりも、ずっとわずかな犠牲で、わたし達の安全を確かにするでしょう。

(以上仮訳 by どすのメッキー 10th July 2007)
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 平和のポリシーと、わたし達の国の憲法前文を重ね合わせてみてください。人間は、それぞれどんな迷路に迷い込んでも、いつか同じ旗を掲げてひろい道を一緒に歩く日が来る、という希望を感じませんか?

 "You are the wind beneath my wings."

 これは、ベッド・ミドラーのグラミー受賞曲「愛は翼にのって」の有名な一節です。この歌は、911直後遺族を励ました歌としても知られますが、今この曲を聞いていて、シンディやのメッセージや"If I Were President"の文章は、わたし達の翼をはらませ、空に舞いあげる風のように感じます。

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2007/07/09

革命の前夜を迎えた ~ シンディ・シーハン復活メッセージ

 なんと、わたしも全く予想できなかったことですが、5月28日に休養宣言をしたシンディ・シーハンが、今年の独立記念日を前にした7月3日、キャンプ・ケイシー関係者にあてたメッセージで、早くも運動への復帰を発表しました。原文は、英語のサイトでは既に多くに取り上げられています。

 きっかけは、同じ3日、ブッシュ大統領が、CIA工作員実名漏洩事件で有罪判決が下されたリビー元副大統領補佐官の実刑免除を発表したことでした。この事件は、イラク開戦の情報操作を米紙で批判したウィルソン元大使への報復として、CIA工作員だった元大使の妻の実名をメディアにリークしたもので、チェイニー副大統領はじめ、「ブッシュ一味」全体が関与していたことが明るみに出ました。

 被害者のウィルソン元大使が、「法の支配と司法制度を完全に堕落させた」と非難したほか、米各紙が批判、ロサンゼルス・タイムズの直後の世論調査でも、72%が恩赦に反対しました。また、アメリカン・リサーチ・グループが6日発表した世論調査によれば、ブッシュ大統領の弾劾を支持する人が45%で不支持46%と拮抗し、チェイニー副大統領弾劾を支持する人は54%と、不支持40%を大きく上回っています。シンディが復帰のメッセージで弾劾は不可能でないと述べた状況が、まさに現実のものになってきました。

 シンディの口調は、休養を発表した文章に比べると短いですが、明らかに饒舌で、彼女が元気を取り戻したことをうかがわせます。(そのかわり翻訳は大変)

 シンディが冒頭で述べているように、シンディ休養中も、駐イラク米軍はヘリコプターによる空爆などでディヤラ州都バクバを攻撃し、市民少なくとも350人を虐殺し、宗派対立を解決するのには絶対に必要なIFCのアブド・アルフセイン・サダム氏を暗殺しました。そして、ブッシュ大統領は更に駐留軍を増派しようとさえしています。今の政権に泥沼から抜け出す能力も意思もないことは明白です。

 独立記念日の前夜を意識して、彼女は、ブッシュ政権の打倒を、ジェファーソンを引用してついに「革命」と名づけました。米市民運動家が、政治を市民の手に取り戻す運動を「革命」と呼んだのを、わたしは最近はじめて聞いたような気がします。

 アミー・グッドマン氏のインタビューに着手したばかりでしたが、こういう展開であれば、復帰宣言を優先するのも許していただけるでしょう。7月4日は、シンディにとって再び独立記念日となりました。では、また拙訳で恐縮ですが、彼女の活気あふれる声を日本語でお読みください。

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【扇動者にアウトを宣告しよう】
"Call out the Instigator"
 http://www.commondreams.org/archive/2007/07/03/2276/
(3rd July 2007 by CommonDreams.org)

 わたしは引き下がりません。ブッシュ一味が悪の帝国に作り変えようとしているアメリカの政治的な分野から立ち退こうしましたが、ジョージが大胆にもスクーター【訳註1】の実刑をご存知のように、全面的な恩赦も含めて、あからさまに減刑したことは、わたしを再び跳ね上がらせ、叫ばずにいられなくさせました。わたしは、ブッシュ一味がこれ以上ファシズムと暴力の泥沼にこの国を引きずり込むのを、彼らと一緒に休みを取って見過ごすことはできません。

 わたしはこの5週間静かに休むことができました。でも、その間も悲しいことにジョージの殺戮はエスカレートし、イラクでの虐殺は増えていきました。そして、戦争に反対だと考える人は、アメリカ人のほぼ5人に4人にまで急増しました。「極めて重大な」(grave,grave)違反【訳註2】が見つかった場合以外弾劾を準備すべきでないとバラク・オバマ上院議員が主張したた時も沈黙を保っていました。そう、ブッシュ一味の嘘と強欲のためにもう何十万もの墓(grave)が掘られたのですけどね。驚いたことに、ジョージは、FISA法【訳註3】ばかりか、不法な捜索や押収を禁じた合衆国憲法修正第4条にも違反したことを認めました。ビル・クリントン元大統領のスキャンダルへの批判は、今のジョージ・ブッシュやディック・チェイニーやルイス・リビーに対するものほど重大だったかしら。ホワイトハウスのニクソンの犯罪と傲慢が、主体性のない議会が「メエー」【訳註4】と鳴かなければやがて薄らいでしまうなどと考えたことがあったでしょうか。【訳註11(追加)】

 アブグレイヴの信じられないような拷問の映像をわたし達が見たとき、そして、自分の裏庭にあるグアンタナモ収容所の非人道的な囲いの中に、米軍への不道徳な贈り物として何百人もの人達が投獄されたのをわたし達が知ったときも、ジョージは、アメリカは「決して拷問などしていない」と言いました。

 ジョージとディックの犯罪者一味、行政府として知られる機関が、人類や政府や個人の他のあらゆるものと同じ基準で、責任と管理を維持できないと言う限り、わたしは口をつぐまなければなりませんでした。

 最近、ナンシー・ぺロシ【訳註5】が弾劾は「意味がない」と語ったと報道されました。彼らが投票に参加しないため、弾劾はあまりに時間がかかりすぎる、と言うのが彼女の理由ですが、それは間違っています。ブッシュの追従者が反対し、丸め込み、脅し、威圧しても、わたし達の憲法、イラクの人々、わたし達の兵士を擁護し護るために、民主党が、最近成立した戦費法に「拘束力のない」撤退期限の付帯決議を加える政策を「すみやかに」実現していたなら、弾劾は不可能でないどころか、むしろ見込みがあったでしょうに。

 それでも、スクーターの実刑が最近免除されたことは、疲れ果てたらくだの背骨を折る藁の最後の一束となりました。パトリック・フィッツジェラルドは、少なくともブッシュ犯罪団のひとりを裁きの場に連れてくるという思い切った仕事をなしとげた思慮深く几帳面な検察官です。わたし達はとても喜んだのですけれども、それだけでは不充分で、フィッシュジェラルド氏は、行政府に群がる屑どもをもっと深く調べようとしていることを知りました。ブッシュ政権の無法は西部にまで及び、収監者達が米国政府の恩赦まで確実に支配しているのです。

 わたしの大切な友人、H2C【訳註6】のレノックス・イヤーウッド師は、「公務員・紳士にあるまじき不作法行為」【訳註7】のため、空軍に悩まされ続けています。なぜなら、「師」は、絶えずイラク戦争とファシストブッシュ政権に抗議をすることによって、誠実に公務員あるいは紳士としての責務を果たしているからです。師はまだ即応予備役兵【訳註8】に属しているので、すべての「公務員・紳士(あるいは女性)」が中東地域での残虐な誤りに反対すべきであっても、空軍は彼が職務を遂行するべきだと信じています。7月12日ジョージア州メコンで行われた聴聞の後、彼はアトランタにあるマルチン・ルーサー・キング師の墓からワシントンD.C.へと「象徴的」に歩き始めます。わたしも彼のためにそこへ行き、行進を始めますが、わたしはそれを象徴的なものにとどめるつもりはありません。

 わたし達は、7月13日にジョージア州アトランタから米議会へ歩き始めます。そして7月23日にワシントンに到着し、間違った指導者を家に送り返し、彼らの故郷にある正義の音楽(music of justice)に直面させようと思います。

 ブッシュ一味の追放を要求するために、わたし達「田舎者」(ファシストのエリート支配層の目にはそう映っているのでしょう)が怒りの「熊手」と真実の「松明」をかかげてワシントンへ行進する時が来たのです。わたしには夢があります。ブッシュ一味が建て、人々であふれる短期収容所が、そのかわりにオレンジ色【訳註9】のネオコンと同調者でいっぱいにさせる夢が。

 もし議会がブッシュ一味を政治の場から葬らないなら、それはわたし達人民の仕事です。トーマス・ジェファーソンは、わたし達が20年ごとに革命を起こさなければ、共和国を誠実には保てないといいました。【訳註10】わたし達の最後の革命(南北戦争を革命と数えなければ)以来もう225年が経ち、ジェファーソンの言った期限はとうに過ぎています。TVを消して、あなたのペットに別れのキスをして、あなたの子どもを連れて、腐敗した連邦政府に押しかけるか、わたし達の行進に加わってください。犯罪者ブッシュ一味とそれに共謀する議会が、彼らが仕事に不つりあいなバケーションに出かけてしまう前の最後の週、真正面から立ち向かい、責任を求める運動のために。イラクの議員が働いているのに、よくもバケーションなんかとれるものだわ。

 革命前夜に:そう思うでしょう!

 シンディ・シーハン

【訳註1】ルイス・リビー・ジュニア。「スクーター」は幼少時からのニックネーム。弁護士出身で、01年から05年までの合衆国大統領補佐官。ブッシュ政権の要職をつとめ、CIA工作員名漏洩事件に関して、偽証などで有罪判決を受けていた。
【訳註2】原文のbreechesをbreachesの誤記と解釈して訳出
【訳註3】合衆国に対するテロや諜報活動への関与が疑われる人物に対し電子機器を用いた情報収集や強制捜査を実施する場合、政府が従わなければならない手続きを決めた法律。1978年制定。
【訳註4】ヤギの鳴き声。
【訳註5】民主党、今年1月に下院議長に選出された。米国初の女性議長。
【訳註6】ヒップ・ホップ会議。人々の結集した力を信じる個人の国内、及び国際的な連帯を目指して1964年に設立された非営利組織。
【訳註7】米国軍事司法統一法典第133条。イラク戦争が正義に反するとして服役を拒否した米国陸軍中尉アレン・ワタダ中尉が昨年7月5日起訴された「罪状」の一。
【訳註8】IRR。志願軍役に於ける誓約上の期限を終えて市民生活に復帰しているが、国家危急の際に動員される。
【訳註9】服役者はオレンジ色のジャンプスーツの着用が義務づけられる。
【訳註10】直接の引用原点ではないが、ジェファーソンの起草したアメリカ独立宣言の以下の有名な文章を想起させる。「すべての人間は平等につくられている。創造主によって、生存、自由そして幸福の追求を含むある侵すべからざる権利を与えられている。これらの権利を確実なものとするために、人は政府という機関をもつ。その正当な権力は被統治者の同意に基づいている。いかなる形態であれ政府がこれらの目的にとって破壊的となるときには、それを改めまたは廃止し、新たな政府を設立し、人民にとってその安全と幸福をもたらすのに最もふさわしいと思える仕方でその政府の基礎を据え、その権力を組織することは、人民の権利である」
【訳註11】アメリカの弾劾裁判制度は、下院が訴追し、上院が裁判する。1974年、ニクソン大統領に対し、下院の司法委員会は訴追勧告を決定したが、勧告に従い下院が訴追決議をする直前に大統領は辞任。クリントン大統領は1999年下院による訴追決議の後、上院で弾劾裁判の審議がされたが無罪判決。

(以上仮訳 by どすのメッキー、9th July 2007、訳註追加 11th July 2007)

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2007/07/07

イラク駐留米軍、主権回復と政教分離求めるイラク自由会議幹部を暗殺

 以下、向井さんの呼びかけも含めすべて転送・転載歓迎です。

 米軍の直接の虐殺だけでなく、宗派対立の名の下にイラク人同士が殺しあうイラクの中で、徹底した非暴力の原則を貫いてたたかうレジスタンス組織があります。それが、イラク自由会議(IFC)です。

 http://www.ifcongress.com/English/index.htm

 2005年3月に設立されたIFCは、イラクの占領軍撤退と主権回復とともに、政教分離の民主的政府樹立を求める運動として、宗派対立が続くイラク国内で独自の輝きを放っています。子どもを一番の希望とするサミール・アディル議長は、イスラームの教えは子どもについて語らない、と指摘し、われわれはスンニ派、シーア派の前に、まず人間であるべきだと主張して、宗派を超えた国内の連帯にも成果を上げています。イラクの占領を終わらせるために、わたし達が連帯すべき相手は誰か、彼らの活動を知ることが答えを与えてくれるように思います。

 ところが、そのIFCの安全部隊の隊長をつとめていたアブド・アルフセイン・サダム氏が、7月4日未明、米軍とイラク国家警備隊に襲撃され、殺されるという事件が起きました。彼の娘も重傷を負ったとのことです。以下のIFC声明にもあるように、IFCの安全部隊が住民の信任を得ている地域では、米軍、宗派の民兵、家族による暴力がおさまり、住民の自治が進んでいたにもかかわらず、米軍特殊部隊はその安全部隊長の自宅を襲撃した上拉致し殺害しました。

 イラク国家警備隊が襲撃を支援していることからも分かるように、傀儡のマリキ首相は、政教分離と米軍即時撤退に努力するIFCを支援するどころか敵視し、同胞の殺害に手を貸しているのです。

 以下、アブド・アルフセイン・サダム氏の死亡が確認された7月6日にIFCが発表した声明を仮訳しました。

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【アブド・アルフセイン・サダム暗殺に対するイラク自由会議の声明】
Statement of Iraq Freedom Congress on the Assassination of Abdelhussein Saddam
http://www.ifcongress.com/English/News/2007/0707/ifc-abd-state.htm

 テロリストである米軍は、7月4日バグダードのAlattiba近郊で、イラク自由会議幹部のアブド・アルフセイン・サダムと彼の娘に発砲した後、彼を拉致しました。その2日後、彼の遺体はYarmouk病院の鑑識センターで発見されました。この犯罪行為を犯した米軍は、イラク国家警備隊の支援で特殊な軍用車を使う特殊部隊でした。

 アルフセイン・サダムは、1957年バスラの進歩的な家庭に生まれました。彼は1997年フセイン政権を厳しく批判した罪で情報局に逮捕され、2年間拘束されています。2006年11月、彼はイラク自由会議の隊列に加わり、2007年4月に安全部隊の隊長になりました。同じ年の6月には、イラク自由会議の中央議会の補助議員に選ばれました。

 彼のものおじしない度胸は多くの人の知るところでした。彼はバスラ、そしてバグダードの多くの地域で慕われる存在で、社会的影響力を持っていました。彼はまた、安全部隊のメンバーが実地訓練や演習を行うバグダードの多くの地域でその指導者でした。人々の安全や治安を掻き乱す宗派的なギャングを決して許さない勇気でも彼はよく知られていました。彼が安全部隊の指導者を努めていた期間を通して、彼の住んでいた地域だけでなく、安全部隊の活動していた地域で宗派対立による殺人は起こらなかったのです。

 安全と治安に関する例として、彼はAlaiwadeh近郊の状況を変えることができました。さらに、彼は多くの安全部隊隊員やイラク自由会議のメンバーとともに、「わたし達はスンニでもシーアでもない。わたし達はまず人間なのだ」というイラク自由会議のスローガンを発表しそれを広めました。しかし、それが占領軍と宗派的対立につけこむギャング達を怒らせてしまったのです。犯罪者米軍は、彼らがテロリストのギャング達となんら違いがないことを改めて証明し、その犯罪の記録に新たな例を付け加えました。米軍は、社会の富を盗むためだけにイラクにやって来たのです。

 これが、犯罪者が持ち込んだ民主主義の実態であり、彼らはイラクをその法律と宗派的なギャングの法律に支配されるジャングルに変えてしまおうとしています。そこでは、人間性を護るどんな旗も掲げることを許されず、したがって、イラク自由会議がその方針と決意を変えないと見るや、本部を襲撃し、メンバーを逮捕し、指導者の一人を暗殺することで打撃を与えようとしたのです。

 イラク自由会議は、わたし達がアルフセイン・サダムの誘拐に対する声明で喚起したように、テロリスト米軍が実行した犯罪行為に対し適切な対応をしていきます。

 米軍マフィアのアブド・アルフセイン・サダム暗殺は、イラク自由会議の決意をくじくことはできないでしょう。そして、それは、イラク社会からあらゆるテロリストを追放する努力を続ける新たな原動力となるでしょう。アルフセインを殺害しても、彼の精神、大きな夢、宗教的に自由で、人道主義が満たされ、占領や宗派的な暴力のないイラクを実現するための勇気は、自由を愛する人々の心の中に、ずっと生きつづけるでしょう。

 アルフセイン・サダムよいつまでも。
 占領とその同盟を打ち負かそう。
 イラク自由会議よいつまでも。

 イラク自由会議
 2007.7.6

(以上、仮訳byどすのメッキー)

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 安倍首相は、就任直後の昨年10月3日、すでにイラク攻撃の根拠はすべて崩れているにもかかわらず、イラク攻撃を支持した日本政府の選択は正しかったと強弁しました。

 イラクの地獄を現出させた米政府はもちろん、日本政府の行為にもわたし達が主体者として責任をとらせる努力なくして、日本国憲法の平和主義の実現はありえないと思います。

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2007/07/04

死刑で応えるのが正義なのか

 近代国家が、紛争の解決に、裁判という面倒な手続きを採用しているのは何故か、考えたことはあるでしょうか。

 正義は不変ではなく、まして一個人に帰属するものでもありません。積み上げられた原則に普遍性がないという意味ではありませんが、それを個々の問題に適用するには、必ず個別の判断が必要になります。完全な人間というものがいない以上、その時々で最善の判断をするしかありません。不完全ながらに最善を目指すには、科学的検証と、異なる立場の人間による意見を時間をかけてつきあわせる努力を避けては通れないのです。もし結果が最初から決まっていて、その執行に国家がお墨付きを与えるだけの裁判なら、それは人間の知性に対する侮辱に等しいと思います。「人権侵害の被害者に真の正義をもたらすためには、被疑者に対する公正な裁判が不可欠」という立場は、あらゆる場合に共通した原則だと、改めて強調したいと思います。

 完全な判断と言うのが、理想上にしか存在しない以上、人間が他者に合法的な死を求めることもできません。人の生命を奪うのは、少なくともそれ以外の選択肢があり得ない場合を除き許されることではありません。それならば、理不尽な殺人の報復に死を持って応えるのも同様に許されないことなのではないでしょうか。

 どれだけ悲惨な死を与えられても、その死を後から何かで埋め合わせることは絶対にできません。残された者が、その怒りや悲しみを爆発させるのは当然としても、それを殺された者、死んだ者を主語にして語るのは、わたしには傲慢に感じます。今年父を失ってからは特に。残された者が加害者に報復してやりたいという感情は理解できます。しかし、それを個人の感情を超えた万人の正義に安易に転化してしまう風潮には大きな不安を感じざるを得ません。そうした結果がどういう世界を現出するか、わたし達はイラクで今目撃しているではありませんか。

 殺人は許されません。暴力も同様です。苦境に立たされた経歴が犯罪自体の深刻さを軽減できるわけではありません。しかし、わたし達が殺人や犯罪に関与していないのは、偶然に過ぎない、ということも謙虚に見つめなおしてほしいのです。生まれつき殺人者として生まれてくる人間がいないように、自分が生まれる国家、時代、家庭環境、そのほかが異なれば、決して殺人を犯さないという人間はいないと思います。

 殺人は取り返しがつかないからこそ、わたし達は、弱い人間が殺人を犯さなくても済むような世界づくりに目を向けるべきです。シンディ・シーハンは、息子を殺したイラクの武装組織に報復を望んではいないし、ブッシュを死刑にしてほしいとか主張したことはありません。そういう主張をすることは、きっと一時的な自己満足にはなるでしょう。しかし、彼女はもっと厳しい、本質的なたたかいに身を投じたのです。彼女自身がアメリカと言う戦争遂行国家から自立し、他の米国の母親も自立させるためのたたかいに。

 一部の殺人事件の裁判に対し、無責任な野次馬がにわか正義漢を気取って、被告の弁護士に脅迫を加えたり、匿名でなじったりするのをわたしは許すことができません。しかも、最近の裁判では、物的証拠よりも世論迎合を優先して、真実より結審のスピードを評価する傾向があるように感じます。死刑廃止論をキレイゴトと嘲笑する人たちに、粘り強く真実を求める弁護団を上回る勇気を見たことはありません。

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2007/07/03

核兵器の使用を正当化できる理由はない

 キューバ革命が成就した1959年、実質的な外務大臣の役割を担って世界を歴訪したゲバラが日本にもやってきた。当時首相は岸信介。3月には、東京地裁の伊達秋雄裁判長が砂川事件に関して、「憲法は外国軍隊の駐留を許していない、従って刑事特別法も違憲であるから、同法により起訴された被告は全員無罪」とする判決を下したのに対し、検察の跳躍上告を受けた最高裁がこの判決を破棄、差し戻した。11月には安保条約反対の2万人のデモ隊が国会に突入、そういう年だった。ゲバラは、大使館スタッフから靖国神社に参拝する予定が決まっていることを聞かされるが、アジアで多数の人々を殺した兵士がまつられている場所に行くわけには行かない、と拒否し、急遽広島を訪れた。そこで彼は「米国にこんな目にあっておきながら、あなたたちはなお米国の言いなりになるのか」と尋ねたという。加害者の側面と被害者の側面を同時にとらえ、それを混同しない感性がゲバラにはあった。

 自国の加害を直視できない人間は、同胞の被害についても冷淡なものだ。久間前防衛相の発言は、それを如実に示した。沖縄戦や原爆投下が始まる前に終戦を受け入れるチャンスはじゅうぶんあった。無謀で残酷な戦争を始めた責任者がそれを止める勇気もなく生き延びているのに、数十万以上の無辜の命がなぜ犠牲を引き受けなければならないのか。

 核兵器の使用を正当化できる理由はない。こういう場合なら、やむを得ないという条件を認めてしまえば、米国の核軍拡も、北朝鮮の核実験も批判する根拠を失ってしまう。わたしは、小泉政権以降、日本政府がいかに核廃絶を遠い課題に押しやり、あからさまなダブル・スタンダードを使い分けているか検証してきた。小泉政権や安倍政権は、北朝鮮やイランの核兵器は許さず、イラクにいたってはない核兵器まででっちあげて侵略を支援したが、米国の核の先制使用には抗議せず、核兵器開発を公言したインド・パキスタンには米国と一緒に技術供与まで行おうとしている。核を横目に見ながらの繁栄など、いつ崩壊するか分からない砂上の楼閣にすぎない。

 安倍首相は、2日久間氏との会談で、野党が罷免を求めていることについて、「そんなのはいいよ、そんなのはよくある話だから」と述べたという。一国の首相の姿勢とはにわかに信じかねる軽薄さである。安倍首相は、久間氏の辞任で参議院選挙への影響を最小限にとどめたつもりかもしれないが、そんな簡単な問題ではない。IAEAも、もともと戦後日本とドイツの核武装を阻止する目的でつくれられたものだ。中川昭一自民政調会長の核武装容認発言、そして今回の久間前防衛相の発言は、アジアだけでなく、世界中で、日本の戦前レジームへの回帰を連想させているだろう。

 野党は、久間氏が辞任したからといって、追求の手を緩めないでほしい。彼を任命した安倍首相を辞任に追い込むまで、妥協してはいけない。

 それにしても、後任が小池百合子氏とは。安倍内閣は、とことん人材不足と言うほかはない。2年前、小泉内閣で「環境大臣」をつとめた時、彼女は辺野古の基地推進を擁護するあまり、「辺野古沖のジュゴンは北限とされるが、地球温暖化で北限はどんどん上がっている」等と、地球温暖化歓迎とも受け取れる発言までしていた人物である。

 こうしている間にも、駐イラク米軍はヘリコプターによる空爆などでディヤラ州都バクバを攻撃し、市民少なくとも350人を虐殺している。

 自国民が虐殺されても、他国民が虐殺されても、米国には何の意見もできない安倍政権には、もうご退場いただく他はない。

 ※以下は、本ブログの過去関連記事。

【下品なのはあなただ!】
 http://hope.way-nifty.com/a_little_hope/2006/10/post_db27.html

【「核兵器の全面的廃絶に向けた新たな決意」採択の意味】
 http://hope.way-nifty.com/a_little_hope/2006/10/post_a14d.html

【「近核保有国」日本は本当の「核保有国」になるのか】
 http://hope.way-nifty.com/a_little_hope/2006/10/post_ea11.html

【世界で偉業を成し遂げるために国家が核兵器を保有する必要はない】
 http://hope.way-nifty.com/a_little_hope/2006/12/post_c62f.html

【核の二重基準】
 http://hope.way-nifty.com/a_little_hope/2007/01/post_7fbd.html

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2007/06/24

国際手配される犯罪人をわたし達は代表には選ばない ~ フジモリ元ペルー大統領擁立の動きに怒りをこめて抗議する

 さて、参議院選でまたぞろおかしな候補者が立候補していますが、このニュースには唖然としました。

【<参院選>国民新党のフジモリ氏擁立 なぜ、いま?】
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070623-00000038-mai-pol
(毎日23日)

「『いまの日本の政界にフジモリ氏ほどのサムライがいるかね』。在ペルー日本大使公邸占拠事件から10年、フジモリ氏とかねて親交のある亀井氏は折に触れ、そう語っていた。悲願だったペルー大統領に返り咲く道が断たれていたフジモリ氏も第二の故郷、日本で政治家に転身する意欲を持っていた。両者の思いは合致し、参院選の『サプライズ候補』にすべく水面下で折衝を続けていた。
 フジモリ氏は熊本県出身の両親が1934年にペルーに移住したあと、38年にリマで生まれた。日本大使館に出生届が出されたため、日本国籍を持つ。日本に居住していなくても被選挙権はあり、参院選に立候補することに法的な問題はない。」

 亀井静香氏は、死刑廃止やイラク戦争協力反対など部分的に協力関係を結べるのではと思っていたのですが、がっかりです。

 フジモリ氏は、大統領職の職務放棄、公金・寄付金の横領、コカイン密輸組織との癒着、「ゲリラ掃討作戦」時の市民虐殺等21件の犯罪で、国際刑事警察機構(ICPO)を通じ、国際手配されている人物です。ペルー国会も、市民虐殺等に関連して、フジモリ氏を殺人罪の容疑で告発しています。

 二重国籍を認めない場合、国際結婚などで子どもに不利益が発生しますので、多くの国は二重国籍を認めていますが、日本はそれを認めない少数派の国です。フジモリ氏がペルーの国籍を持たずに大統領になったとは考えられませんから、国籍に対して頑な姿勢をとり続ける(先日も、暴力的な父親から避難中に生まれた少女が日本国籍を取得できず、パスポートの発行を拒否されたというできごとがありました)日本政府であれば、フジモリ氏の日本国籍は認めないのが当然です。

 ところが、フジモリ氏が2001年11月日本を訪れると、日本政府は、フジモリ氏が日本で出生したことを根拠に、日本国籍をたてにとって、彼の引渡しに応じない旨をチリ大使館通じ、チリに通告しました。

 フジモリ氏のように、国際条約に規定された犯罪については、国際条約を批准した国であれば引渡しを行わなければなりません。 まして、フジモリ氏の場合、そもそも日本国籍の所持自体がインチキなのです。ペルー人であり、犯罪者であるフジモリ氏を日本政府が保護する根拠はありません。

 アムネスティも当時「アルベルト・フジモリ元大統領を送還しなければならない」とする声明を発表しています。

 フジモリ氏を極秘出国させた日本政府に対し、チリのラゴス大統領は、フジモリ元ペルー大統領のチリ入国を巡り、「国際手配されている人物が出国したのなら、知らせてくれた方がいいのは当然だ」と遺憾の意を表明しましたが、これに対し、小泉首相(当時)は、「時間がない」と、予定されていたラゴス大統領との会談を中止する報復で応えました。

 当時、ペルー労働者総連合(CGTP)は、フジモリ元大統領が処罰を逃れようとする企ての渦中で、民主主義を守り腐敗とたたかえ、と国民行進を呼びかけています。

 CGTP議長のMario Huamanは、「歴史を繰り返してはなりません。そのため、私たちは独裁者の全ての犠牲者に対し、この市民抗議に加わるよう促しているのです」と主張した。Huamanは、国の腐敗とたたかった人権活動家および著名人とともにデモの詳細を検討していると語り、「フジモリが引き渡されるまで、私たちは連続して抗議行動を起こすでしょう」と述べました。

 ワシントン・ポストの広告、北朝鮮とインド・パキスタンに対する核の二重基準(銃撃された故伊藤前長崎市長は、これに抗議して政府に意見書を出していたらしいです。)、クラスター爆弾の擁護、などなど、国際舞台での日本の無軌道ぶりは、安倍政権になってから目に余るものになっています。安倍首相がいくら「美しい国」を叫んでも、国際社会は益々相手にしないでしょう。シンディ・シーハンは、腐敗した2大政党制に替わるシステムを私達が見つけなければ、代表民主制は死に絶え、ファシストが統治する荒野へと急速に転落していくだろう、これは冗談みたいな話だ、と言いましたが、日本と言う国家はそれどころではなく、その名前がが軽蔑のアイコンとして使われる日も遠くないかもしれません。

 さて、フジモリ氏の人気を一躍高めた10年前のペルー大使館事件で、フジモリ氏は犯人全員殺害の命令を出していました。投降したものも含めて、全員、です。

 さらに、この作戦は人質が救出されたからいいようなものの、一歩タイミングを誤れば銃撃戦もありえた訳なのに、日本の政治家や経済人は異常とも思えるテンションで、作戦とそれを指揮したフジモリ氏の「決断力」を絶賛しました。それは、ペルーで歴代政権が貧富の差を拡大し民衆を弾圧してきたことを不問に経済援助を続けた日本の責任、大使館の危機管理も何もできていないお粗末さを覆い隠す宣伝でした。同時に、強行突破こそが解決の美学とする、そしてそれを国民が認めてしまったことが、911以後、日本が右傾化を強める土壌を作っていったのです。

 まさに、このときのフジモリ氏の対応と、日本が何をすべきだったかについて、以前、9条に関する講演で辛淑玉さんが以前語った言葉が、示唆を与えてくれると思いますので、一部転載して再掲します。

(以下転載)

 憲法9条が求めた人間とはどういう人なのか。サンプルがひとつあると思います。それは「ペルー日本大使公邸人質事件」の時に人質を助けた人です。

 フジモリさんが大統領だった時、日本は橋本首相でした。ペルーで日本大使公邸が占拠され,多くの人が人質になりました。あのとき橋本さんは木村屋のあんパンを持って行きました。何の役にも立たない。そしてフジモリさんはゲリラを全部殺戮した後に、防弾チョッキを着てピースサインをしました。多くの人が,フジモリさんが人質の命を守ったと言います。

 嘘です。本当に人質の命を守ったのは,国際赤十字のミニングさんです。

 彼は,最初人質の中にいました。自ら手を挙げて『私が交渉します』と言いました。そして彼は,赤十字のゼッケン1枚つけて,権力側の銃口と,ゲリラ側の銃口の間にあって,臆することなく,いつも下をむいてバギーをがらがらがらと。威張ってないわけですよ。威張らなくて,そして,何回も何回も往復し、人質を励まし,食料を運び,宗教者を連れて行き,そして夢を語り希望を語り,自分は素手でずっと何回も何回も行き来していました。

(転載おわり)

 フジモリ氏といえば、もうひとつわたしが決して忘れないのは、1997年10月、流域の監視所に立ち寄らず南米アマゾンの川下りに挑戦した早稲田大学探検部員2人を、ペルー国軍兵士が監禁殺害した上、現金1200ドルを強奪し、遺体をバラバラにして投棄した事件です。

 この2人は十分な調査と訓練を積んで計画を実行しており、さらに、明らかに武器も何も持たない民間人が殺されたにもかかわらず、日本国内でさえ、知りもしないで彼らを無謀と見なし、自己責任を押し付ける世論が大勢でした。ちょうど、イラクでの日本人人質事件のときのように。

 この事件の報告を受けた橋本首相(当時)は、「ペルーはMRTAだけでなくほかにもテロ組織があって、当然政府軍との間でピリピリしている。十分事前に準備ができていたのか。冒険好きな僕からしても疑問に思う」とコメントし、「我が国の実状と違ったイメージを生む可能性がある」とごまかしたフジモリ大統領に謝罪さえ求めませんでした。

 あらためて、フジモリを担ぎ上げる人々、それに無批判に追従する人に、全身の怒りをこめて抗議します。

 フジモリ氏の行ってきたことについては、以下をご参照ください。

【ペルーの人権問題とフジモリ元大統領の責任を考える会】
http://homepage2.nifty.com/ai152hannah/pddhh.htm

【ペルー年表 その4 フジモリの時代】
http://www10.plala.or.jp/shosuzki/chronology/andes/peru4.htm

■狙われる日本―ペルー人質事件の深層(伊藤千尋著、朝日新聞、1997)
 http://tinyurl.com/2ub9qs

■センデロ・ルミノソ―ペルーの「輝ける道」
(カルロス・I・デグレゴリ著、現代企画室、1993)
 http://tinyurl.com/2qx4mk

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